fragment -1


人物
 ・演奏者
 ・踊る女
 ・コンピュータ1
 ・コンピュータ2


状況
[狭い部屋。4方の銀色の壁には窓や飾りはない。小さなスタンドが隅に置かれていて踊り終わった踊る女の疲労を照らしている。その踊る女の前に椅子があり、それには楽器を持った演奏者が座っている。隣にも椅子が二つ並べてあり、男の子の絵を書いたコンピュータと女の子の絵を書いたコンピュータがそれぞれ置かれている。二つはケーブルでつながれていて、男の子の絵を書いたコンピュータから伸びたケーブルの先の端末が演奏者の足元に置かれている]









「ごめんね」
 演奏者は小さくつぶやくように言う。しばらく踊る女には言葉の意味がつかめない。少し考えて、それが、小さな声での謝罪だと気がつく。踊る女には言われた理由が理解できない。
「なにが?」
壁からタオルをとり、汗をふく。
「もう3曲踊りっぱなしで疲れたでしょ」
「別に平気だよ」
「すごい汗だ」
「水分とりすぎたせいよ」
踊る女は短い休憩をとるため、その場に座りこむ。膝を立てて頭を傾ける。
「途中で止めることが出来ないんだ。一度弾き始めちゃったら」
演奏者は言った。
「踊る女は踊るのが仕事だよ」
「仕事だって言ってもさ」
演奏者は沈黙を作り出す。話が続かないようだ、と踊る女は考えた。
「イヤだったら、疲れたりしたらさ、言ってくれればいいんだよ?」
踊る女は答えようとした。が、なんとなくやめた。演奏者の言葉を待った。
「人間なんだから限界があるでしょ?僕は踊りのことは良く分からないからさ、限界を知らないんだ。倒れたりしちゃうかもしれない」
「まだまだ大丈夫よ」
「本当?」
「私だって限界なんか知らないよ」
踊る女は笑って言う。演奏者の目は踊る女を見つめている。その目を見て、踊る女は言葉を付け足す。
「キミが楽器を弾き始めたら、私は何があっても踊るの。私は待ってるのよ、常に。もし誰も音楽を奏でなかったら、私は踊ることが出来ないでしょ。音楽に飽きることはないの。私。」
「うん」
「私は人間じゃなくて踊る女なの。休憩じゃなくて音楽を求めてるの。いつだってそうだよ」
「ありがとう」
 演奏者は笑う。
 踊る女が口を開く前に、演奏者が口を開いた。
「キミの踊りはとても美しいよ。とても、とても美しい」
「ありがとう。キミの音楽もとてもステキよ」
演奏者はうつむく。それを見た踊る女も目をそらす。
 沈黙――続く間に、休息の意味を持ち始めてくる。踊る女はひざに頭を乗せて目を閉じる。演奏者は指を伸ばし、楽器を触る。コンピュータの画面が暗くなる。
 楽器を眺め尽くした演奏者が、優しく楽器をたたく。乾いた小さな音が部屋の壁から跳ね返る。
「そろそろはじめてもいいかい?」
演奏者は言う。踊る女は目を開き、演奏者を見て、頷く。
「うん」
踊る女は言って、立ちあがる。
 リモコン・ペダルを演奏者が踏む。同時にコンピュータが大きい音で打楽器を奏で、それに反応するように踊る女は身体を揺すりはじめ、遅れてもう一台のコンピュータが金管楽器を鳴らす。
 演奏者は目を閉じ、楽器を構え、
 そして初めの音を鳴らす瞬間を待った。









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