fragment -11


人物
 ・生徒A
 ・生徒B
 ・生徒C
 ・教師


状況
[教室は4人で使うのが適度に感じられるほど、一般に比べ小さい。書き物台がついた椅子が3つ置かれており、それぞれ生徒が座っている。ホワイトボードの前に、白衣を身につけ、鋭角な三角形の眼鏡をかけた女性が立っており、3人に向かい合っている。]









「ええと、じゃあ」
 教師は言う。
「今日はセックスについて勉強しましょう。1から100までセックスです。あなたは好きでしょ?セックス。そう、みんなが大好きで誰もが行っているセックスについてのお勉強が、今日の題目」
 教師は眼鏡のフレームに手をかけ、笑う。椅子に座った三人は、黙って彼女を見つめている。
 一つ、教師は咳払いをする。こほん。
「ではともかく、講義をはじめましょう」
 教師は再びフレームに触る。
「セックスにおいて、一番大事なことはなんでしょう?」
しばらく沈黙があった後、生徒Cが答える。
「種の保存」
「答えは、誰もが、それを避けて通れない、ということです」
 教師は生徒を無視して言う。生徒Cは不満そうな顔をする。
「セックスとはアナタたち一人一人が関わることです。セックスに関しては、あなたは傍観者ではいられない。それがまず、第一に大切なことですね。
 つまり、セックスについて、このことについてだけは、意識しないわけにはいかないのです。旦那の給料が安いとか、同僚の悪口がやかましいとか、会社で友達がいないとか、学校で先生ににらまれたとか、そういうことは意識しないならしないで、なんとかなるのです。セックスについては、しかし、意識せざるをえない。」
「ふむふむ」生徒Aは頷く。
「セックスすることだけは、あなたは能動的にならなければならない。セックスを避けるというのは欺瞞的である。これは良いでしょうか?『物事に距離をとりたい』というクール・ビューティな考え方は通用しません。自分はクール・ビューティだけど性器だけは興味ある、というのは矛盾です。この世界には存在しません。問題を、理知的に、そして効果的に、解決しなければならない。いいですね」
「いや、ですが、先生」
生徒Cは手をあげる。
「僕はセックスについて、ある程度理解しています。こちらがセックスの衝動を覚え、相手にサインを送り、了承を得、そしてお互いが裸になり腰をぶつけあい、オルガスムスに達する。まあ、こう簡単にいかないだろうけど、セックスとはこういうものだと思ってます。これでOK、もうセックスについては悩むことはない、と僕は思ったのですが」
「認識を改めなさい」教師は厳しい口調で言う。「セックスについて考えることは、すべての行為の基本です。たとえば」教師は少し考えて言う「人工物に対して発情はできるでしょうか?――答えをいいましょう、できます。ただし、これは複雑な人工物において、という注釈がつきます。単純な人工物相手にセックスは行えません」
「単純さ、とはとても主観的な言葉ですね」生徒Cは答える。
「はい。セックスの難しさは、すべて主観的な言葉で考えなければならないということです。『かっこいいヒトがいたから、私は発情してすすんでセックスをしようとした』というのも正しい。間違いではない。
 セックスを問題として捉え、これについて理知的な発展を望み、また、より優れた安定したセックスを望む、という、場合がなければ、語る必要なんてありません。つまり、そういうことが――正しさです。アリストテレスも言ってます。『それは正しい』と」
「ふむふむ」生徒Aはうなづく。
「だから私たちがセックスを改善する、もしくは発展する、発見するとしたら、それは他ならず言葉を学ぶ、ということであるのです。語彙を増やすとか英語をマスターするとか、そういうことではありません。主観的な言葉を、身に纏うということです。あれは正しいものである間違ったものである、美しいものである醜いものである、高価なものである安価なものである――というように。セックスを学ぶ上では、これらをマスターすることが基礎体力になります。これらがしっかりと身に付いているヒトは、間違ったセックスを行わない、と言ってしまっていいでしょうね」
「ふむふむ」生徒Aは答える。
「では質問します」教師は言って、生徒Bを見つめる。「あなたは、どのような異性を好みますか?」
「はい――清潔で、スマートで、ウィットに飛んだ会話ができる人が好きです」
「はいよろしい」教師は答える。「もう一度言ってください。すっかり同じことを」
「え?あ、はい。清潔でスマートで、ウィットにとんだ会話ができる人です」
「はい。これは明日もまた聴きたいと思います。ここで大事なのは、その内容が如何に高潔だとかギリシア的だとか遊びなれたふうだとか、そういうことではありません。それらがいかに正確に捉えられているか、ということです。何度も何度も反芻してくださいね。計算をするときに、足し算を正確に出来てから、掛け算を覚えるように、これは基礎になることです。
 これがしっかり備わっていれば、その裏である、『不潔でアンチ・スマートでべたべたに直接的な会話しかできない人』を見たときには、それは「あなたの好みではない異性」とすぐに認識できるようになります。4*8が32、とすぐにわかるように」
「でも、先生、野性的な人でも魅力ある人はいますよ」生徒Cが口を挟む。
「あなたは人の話を聞いているでしょうか?」教師は冷たく答える。「私は主観的な言葉を聞いているのです。多く統計をとるとか、そのグループの雰囲気がどうとか、そういうことはまったく関係はありません。集団言語を勉強するには――まだまだレッスンが足りない。『周りの人がある人をかっこいい、と言っていて、それを聞いてたら私もかっこよく思えてきた』というのは――次のレッスンで詳しく勉強します。しかし、ポイントはセックスです。セックスを発展させることを考えると、集団言語は副次的な効果しか果たしません。オッケー?
「ボクの質問が通じてますか?先生」Cは怪しむように教師を見る。
「ああ、ちょっと話がずれましたね。とにかく、あなたのいう野性的――Bさんが言った『好みの異性タイプ』と正反対なタイプが現れた時、それは100%好みでないタイプでなければなりません。そうでもない、私はこういうタイプも好きだ、と思ったら、それはBさんの言葉が正確ではなかった、ということです。しかし、そういうことも、セックスにおいて、あまり関係はありません。もちろん、正確な言葉を使うことも大切です。しかし、「野性的」というタイプが現れた時、それは非好みのタイプである、と5*2の計算を行うように、すぐにそしてはっきりと答えが出ればさほど問題はないのです。その相手にはしっかりとレッテルを貼って下さい、「この人は、私の好みではない」と、ね。
 そして、もし――共に過ごす時間が長くなり、彼個人の個性を受け入れ、嫌悪感がなくなり、彼とセックスをすることになったときには、ただしく、「私は好みのタイプと正反対の異性とセックスをしている」と考えてください。それが大切なことです。それがあなたに混乱をおこせば、そのときに初めてアウフヘーベンが成立し、新しいステップを踏み、そこで新しく、『好みのタイプ』という言葉を設定すればすむことです。そしてそれは、正しくあなたのセックス・ライフを発展させるでしょう」
「ふむふむ」生徒Aは相槌をうつ。
「では、お聞きしますが」生徒Bが発言する。「私はそういう相手を見たとき――どうしたら良いのでしょうか?つまり、好みの正反対のタイプだけど、どことなく魅力を感じる、という時には」
「あなたは結論を出さなければなりません。大切なことは、迷ってはいけない、ということです。
 好みのタイプに変化を加えて、その相手を好みのタイプの一員に組み込めるようにするのもいいでしょう。しかし、そこでは正確に、納得のいける言葉を考え出さなければいけない。既存の『好みのタイプ』を拡充し、あるいは一部を切り捨て、新しい領域をしっかりと明確に捉え、その相手が間違いなくその領域にとらえられるようなタイプを形成しなければいけません。
 また――うっすらと感じる魅力を押しつぶすことも、私は否定しません。どちらかといえば、こちらを薦めます。よく見たら、彼には耳を掻くしぐさがあって、それはとても耐えられない醜いしぐさだ。というように、より、正確な観察もできます。そのとき、「ああ、全然この人は私のタイプじゃないや」と納得ができるでしょう。
 私が認めるのは、このどちらかの対処だけです。とりあえずセックスをしてみよう。というのは、私は禁じます。よろしいですね」
「はい」生徒Bは答える。
「――じゃ、ま、このヘンで、今日は終わりにしようか」
 教師は、書類をまとめ、退室する。









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