fragment -15


人物
・男
・古い友人
・古い友人が送ってきたメッセージ
・枕


状況

ハロー。ライター。
こうして喋っていると……なんだか、ディリーテキストを書いてるような気分じゃないかい?











 男は一通のメッセージを受け取った。
 そのメッセージを、男はどうしようか迷った。すぐにしまい込んでしまってもよかった。メッセージとは、簡単にしまい込めてしまうものなのだ。男はそのことを、20歳になるまで知らなかった。ものすごく大事なこともものすごくくだらないことも、数文字の文字であることに代わりはないのだった。簡単にちらしとか弁当の食いかけとかに紛れてしまう。
 受け取ったメッセージは、軽々しいメッセージではなかった。男をちょいといい気分にさせたり、楽しくさせたりするようなものではなかった。そうでないもの、ちょいといい気分にさせたりしないものは、男は身近に置いておきたくなかった。22歳から、男は楽しくなるようなものだけを、身近に置くことにしていた。だから、このメッセージは、置いておく場所がなかった、とも言えるだろう。男の部屋のどこに置いたとしても、白い雪に墨汁を垂らすみたいに、目立ってしまうのだ。それでは違和感ばかり目立って、メッセージの真の意味は受け取れない――あなたは韓国人から「ティッシュは買い置きしたほうがいいよ」と言われて、それを有効に活かすことができるだろうか?
 だから、とにかく、男にはこのメッセージを置いておく場所がなかった。手に持ったまま、枕元に投げ出すか手に持つしか、仕方がない。



***

 こんにちは、お久しぶりです。
 ていうか、マジ久しぶりだね。

 この手紙は、急に出されて、急に引きこもる手紙です。2年ぶりに会って、セックスだけして別れる、古いカップルみたいなものね。私は急にあなたの胸元に顔を埋めて、そしてすぐに立ち去ってしまうでしょう。そういう手紙。だから前ふりも余韻もないよ、ごめんなさいね。

 いや、アタシね、詩を書いちゃったの。
 詩。ポエム。

 ほら、私前はあわぶくみたいな日記サイトやってたでしょう。あれで毎日なにかしら物事書いて、それでインターネットに見せるってことのバカバカしさを痛感したじゃないのさ。知ってるでしょう?私がどれだけ、なんか書くってことに嫌気がさしたか、もう言うまでもないよね。私はみんなに対して言いたい事なんてなにもないし、自己定義も必要ない人間だって解ったはずなのヨ……まあこれは私が結局自己陶酔ができない人間だってことだと分析しましたけどね……。ともかく、私はもう、当分詩なんか書くはずはないって思ってました。詩なんか書くなら、電話するし、誰かにサワってもらうほうがいいし、てなもんよ。いや、今だって私はそうよ、直接誰か居ないとダメな人間、誰もいないとゼロな人間だって思ってるんだけどね。
 でも、私、詩を書いちゃったのよ。まだ私は、「私自身」に興味があったのかもね。「こういう自分でいたい」って思わないと、詩なんか書かないでしょう?たぶんそういうことだと思います。
 書き上がった詩をみると……私も捨てたもんじゃないな、って思いました。それなりに、ね。うん、この詩は美しい、私は一人で、こんなに美しいものを作り出せるんだ、ってちょっと驚いたよ。

 それであなたを思い出したわけよ。口を開けば空虚なことしか言えず、「本当に言いたいこと」は書くことでしか表せなかった、あなたのことを。

 なにかを書くってことは、ひどく孤独よね。特に詩とか……。
 あなたのものも詩、よね。だって、あなたの書いたものを巧く受け取れるヒトがいるとは思えないもの。巧く受け取れるヒトがいなければ、それはつまり、詩、ってことでしょう?つまり、孤独だよね。あなたは常に、そういう中にいたんだなあ、って思い出したりしました。
 それであなたを思い出したという訳です。
 かつてのあなたは、毎日こつこつと受け取り手がいない文章を書き続けてて、それが一つの大きな意味を成す日が来るとは、私には思えなかった。今でも実は思えないけどね。あなたはそうやって、死ぬまで誰も巧く受け取ることができないものを書き続けていくんだな、って思ってます。
 なんていうか、そんなアナタはとてもすてきなことをやってるんだなあ、って思ったりしたわけです――詩なんか書いちゃうと、どうやらそんなこと考えるみたいだね。
 でも、そうやって書き続けている限り、あなたの中には決して空白はできない、あなたの心の中には常になにかに向かって動くエネルギーみたいなものを持ち続けることができる。たとえ狭い檻のなかをぐるぐる回ってるようなエネルギーでも、それってけっこうステキなことだと思いました――動くってつまり、かっこよさのキホンみたいなものだなあって。

 まあ、とにかく、そういう手紙です。うーん、言ってみれば激励?「いつかすごい物語を書いてね」っていうの?
 まあ、とにかく、そういうこと。
 がんばってね。アタシもがんばるよ。
 なにをだろ?……まあいいか。
 まあ、そんな感じ。じゃあね。




***




 無論言うまでもないことだが――男は近頃まったくものを書いていなかった。ヒトと会っている時間が増えたし、会わなくてもなにか適当なことをして時間を潰すのが常になってしまっていた。
 昔、たびたびおそわれた息詰まる感覚――昔は、常に息苦しかったように男は思う――その感覚は時々男に襲いかかってきた。男はそれを解消する手段として、活字を読むことにしていた。大量の文字を眺め、その中に籠もる感情の動きのようなものを眺めることによって、自分の中に溜まったものが攪拌され、瞬間曖昧になるような感覚に紛らわせることが出来るのだった――それに、昔に比べて、明らかに息詰まる感覚は薄くなってきていた。そういうのが誤謬であると言うなら、薄い空気に慣れるように、息苦しさにも慣れてしまった、ということができるだろう。
 感情が動いているのを、男は感じていた。あまりはっきりと意識したくはなかった。生活の中で、そういう感覚を持つのはあまり特なことではない、と気が付いてしまっているのだ。できればそんなふうに感情も動かしたくない、とさえ男は思っていた。でも、この女の言うことも、忘れたくはなかった。それもたしかに、男の中にしっかりとした形であるのを、男は感じることができた。――二律背反だ、と男は思った。二律背反って学生時代にはいっぱいあったよなあ、と、懐かしさと苦笑の混じった感覚で、男は思った。
 男は煙草を吸い、手紙をくれた彼女の顔を思い出した。その顔を思い浮かべると、自分の顔も当時作っていた表情にしたくなるのを感じた。目の筋肉をゆるめ焦点をぼやけさせ、口元を、笑みをもらすように、開ける。その表情を見せることによって、自分は彼女を微かに視線の中に捉え、それでいて全体を見通しているように見せたかったのだった。そうして壁に頭をもたれると、まだ自分は自然にそういう仕草をすることが出来ることに気がついた。
 男はその姿勢のまま、しばらく煙草をくわえ続けた。彼女のことを考え、自分のことを考え、なにかを軽蔑しそれの反作用で少し誇らしい気分になるのを感じたまま、さらにいろいろなことを考えた。
 しばらくの間、男はそうしていた。動き始める前に、手に持ったメッセージをどこに置くかを考えるないと動く切っ掛けがつかめないことに、男は気がついた。具体的に、このメッセージをどこかに置かないことには、僕は布団に入ることも起きあがってなにかを食べることもできないのだった。このメッセージを納めるべき場所を思いつかないといけなかった。
 男は考えて、枕カバーの中に、そのメッセージを入れることを思いついた。ベストではないが、まあベターではある、という気がした。








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