Let's spend the night together




遠井未遥







「なぁ……頼むわ、ちゃんと来れる時間、言うてくれよ」
 待ち合わせに遅れるのはいつもミユキ。今、目の前で、ハァハァと肩で息を切らせている女が俺の彼女。
 いや、本気で怒ってるわけじゃない。だけどどうして、髪型がどうだとかスカートがどうだとか、果ては眉毛がチークが(それって全部やン?)気に入らないと言って、平気で俺を待たせる? まぁ、キレイになりたいと思ってするその行為自体は、いじらしくて怒る気にはなれない。だからと言って、何も言わないのもどうかと思ったあげく、意地悪い気持ちが鎌首もたげて、チクチクと嫌味を言ってしまうわけだ。
 ああ……これも、きっとコミュニケート。
 たぶん。

 今日の言い訳はなぁんだ? 

 筋と通りが、垂直に交差した点に丁度、地下鉄への連絡通路がある。
 地下と地上を繋ぐ、階段の上がり口だから、携帯電話も使えるし、申し訳程度の庇(ひさし)もあるから、ちょっとした待ち合わせに都合がいい。宵と共に街へ繰り出す、あるいはそのまま地下鉄に乗って、夜の観覧車を目指してもいい。いや、もう少し頑張って、海辺の水族館に足を伸ばすのもあり。
「お前の会社、ここの裏やンけ。着替えてくるだけやのに、なんで三十分もかかンねん?」
「えっと……えっと……マニキュアの色、気に入れへんかってんもん……」
「ん? 爪、何もついてへンやん?」
 俺の目の前で、ミユキが両手の甲を、バイバイと振って見せた。
「せやから、思い切って色落としてきてん」
「ほな、遅れるて電話ぐらいせぇや、お前は……ほンまに」
 俺は唇を噛んで黙りこくった。慌ててミユキが、お祈りするように手を合わせ、そんな俺を上目遣いで見ている。
「ほんっまにごめん、今日はあたしがおごるし……これでチャラにならへん?」
「おごるって……どうせスタバとかミスドとか、ちゃうンかい?」
 ドングリみたいにくりくりした黒目だが、目じりはすっと切れ長。その潤んだ黒水晶に見つめられて、許さないわけないじゃないか。今日も俺は、追撃する気力を削がれてしまった。
 あれ……もしかして、これって計算済みだったりする?
 
 ぎゅっと寄せた眉根のまま、俺はミユキを見下ろす。そして目一杯コワモテ風に告げる。
「じゃぁ、アイスラテ……トールサイズの、おごれよな」
「うんっ! ねぇねぇケンちゃん……アタシめっちゃ太っ腹やろ?」
「言わへン言わへン……遅刻のお詫びと言え……あほ」
 俺の機嫌が直った途端、これだ。ほんとゲンキンなヤツ。
 ああ……だけど、これだってコミュニケートなんだ。
 おそらく。

 夜はこれから。
 明日も明後日も会社は休み。だから、金曜の夜はそれだけで長い。そう、時間はいくらだってある。作ろうと思えばいくらだって。
「ケンちゃん、信号青なってンで?」
 俺の右手を、ミユキの左手が、ブンブンと揺さぶる。
 たしかに、青信号が俺たちを待っている。いや、待ってるように見えたんだ。
「でも、俺、なンも塗ってへんミユキの手も、好きやけどな……」
「え? 何が好きって?」
 途切れないテールランプとクラクションの洪水は、大阪市内では珍しくなんかない。
 横断歩道は白と黒のゼブラ模様。俺はミユキの左手を引っ張って、大股で歩き出した。
 それが俺たちの未来だと思ったから。
 
 あの曲がり角のスタバ目指してまっしぐら。
 俺とミユキの永遠の始まりに似て。