後記

 神田です。どうも。

 春ですね。
 皆様も環境変わったり大変ですか?
 どれほど周りが慌しくなったって、偉そうになったって、あなたの脳内自身まで変わってしまったわけじゃありません。
 熱いドグマを滾らせ、ギリギリのラインを踏み外さないように、がんばってください。



 さて。
 では、ある曲芸師の話をしましょう。
 中世に生まれ、特に華々しい経歴ものこさなかった話です。僕もある、脚本書きの友人から聞かなければ、一生知ることはなかったでしょう。

 彼は靴屋の次男として生まれました。
 両親は敬虔な教会支持者で、週末は神父の話で始まり、感謝の祈りと共に眠りにつきました。その生活を、彼らは死ぬまで続けていました。
 曲芸師の彼は、ルネサンスの胎動と共に生まれました。教会の祈りは無意味だ、と彼の友人たちは次々に気がついていきました。彼自身、その中にいると、両親の生活が馬鹿馬鹿しく思えてきてなりません。厳格な父は、彼を無理に教会に連れて行き、頭がいたいと言ってはさぼって寝床から起きようとしない彼を憐れむとともに、息子の不誠実を神父に告悔するのでした。

 さて、そんな父は彼がまだ靴屋として独り立ちする前に天然痘で死んでしまいました。
 彼は残った母親と共に今後の生活を考えなければなりませんでした。靴屋の組合や、彼の親戚に相談しましたが、なかなか新しい生活が見つかりません。
 そうこうしているうちに、今度は母親のほうも同じ病で死んでしまいました。
 もう考えている暇は彼にはありません。叔父の徒弟として(叔父さんも、やはり靴屋でした)ナポリに移りすむことに決めました。

 ジェノバからナポリまで、彼は気長に旅をしていきます。
 ナポリの叔父は顔を合わせることがありましたが、父に輪をかけた、厳格な人でした。その娘はがりがりのあばた顔で、彼に付きまとっていたのを思いだします。
 彼は旅をしながら、叔父の顔を思い出します。醜い娘の顔を思い出します。やがてはその娘を娶って、叔父の工房を引き取り生活していくだろうことを考えました。そうしてやっていくほかもなく、その長い長い生活を考えると自然に足は遅くなりました。

 そんな時、ふらりと立ち寄ったベネチアで彼は曲芸の一団と出会いました。
 大きな酒場で、彼らは同じテーブルに座ってお喋りをはじめました。
 動物使いの女の子はとても綺麗でした。火吹きの魔人はとても大きな声で喋りました。団長は黙ったまま、ものすごい量のワインを飲んでました。踊りの双子はそっくりな顔で笑っています。
 会計士が彼と、隣同士に座りました。お客として見てくれたことを彼に感謝し、そして誇らしげに、一同の芸達者振りを自慢しました。

 実は、彼には得意なことがありました。ジャグリングです。
 彼は靴屋の仕事の合間に、椅子に座りながら出来かけの靴を頭の上にほうりなげてました。一つが手の中に落ちてくる前に、今度はとんかちをほうりなげます。靴を取り、そしてまたほうりあげ、とんかちをうけとる前に今度はやっとこを投げます。そうこうしているうちに、彼の頭の上にはたくさんのものが、ぐるぐるとまわってしまいます。

 その特技を、彼は会計士に見せました。空になったグラスを放り、かびんを放り、ナイフとスプーンを放りなげました。曲芸の一団も目を見張って、彼の芸を見ました。おお、とどよめきの声をあげます。  彼は得意になりました。そうか、俺は曲芸師たちに感心されるような芸をすることができるんだ。おひねりをもらうこともできるだろうし、街にいけば生活することだってできるかもしれない。


 彼は曲芸の一団と別れ、ナポリに向かって旅立ちました。
 ナポリでは、靴屋の叔父とあばたの娘が待っていましたが、彼は二人とうまくやっていく自信ができていました。




 という小話でした。
 オチてない?……申し訳ない。
 






東京文芸センター Vol.18

 執筆 :上松 弘庸 
        :神田 良輔 
        :潮 なつみ 
        :岩井市 英知
        :c h o c o
 後記 :神田 良輔 
 タイトルページデザイン
    :岩井市 英知
 監修 :東京文芸センター