後記
 
 

 思考は言葉である。と言われる。

 言葉があって初めて、私達はものを考えることができる。
 ――情欲。優しさ。慈しみ。苦しみ。悲しみ。尊敬。喜び。……
 喜怒哀楽の微妙な配合物。
「愛しているよ」という言葉を持つことによって、私達はその配合物を初めて自覚し表現できるようになる。

 ペルソナ(人格)。人と人を区別するもの。
 それは顔だったり、身振りだったりもするが、一番大きいのはやはりその人の言葉だ。
「へえ、君の意外な一面を見た気がするよ」
「ははは、お前らしいや」
「まあ、あなたったら」
といった感想は、対象となる人間の言葉に対して向けられる。人間の持つ言葉は千差万別で、それは個人個人の思考の反映であり、人格そのものである。ある人間に対する尊敬は、その人の言葉を初めて聞いた瞬間に宿る。自己の尊厳は受精の瞬間ではなく、言葉を持ち自我を持った瞬間にこそ宿る。他者の尊厳は他者に名前という言葉を与えたときに初めて宿る。
 見知らぬ人間よりも、言葉を話さないが名前を持つペットや赤ちゃんに、より強い愛情を感じるだろう?

 今月の東京文芸センターは、運営陣を一新してお送りしました。私達の新しい東京文芸センター、いかがだったでしょうか。

 文芸とは言葉の芸術です。言葉は音や映像などを使わない分、単純ではありますが、より直接的に人間の人格を、思考を表現するものです。文芸は人間の生そのものである、とも言えるでしょう。
 そしてそれだけではなく、言葉はとてもすばらしい可能性に満ちています。一つの人格が相矛盾する複数の葛藤する思考を内包しているように、文芸作品も複数の登場人物を通して複雑な思考のタピストリーを編みこんでいくことができます。文芸作品の持つ可能性は、人間の持つ可能性とも本質的に相同であるのです。

 あなたの発する言葉は、それだけですでに文芸作品です。
 東京文芸センターは、「文章を書くんだ」という気持ちさえあれば誰でも参加できます。私達は、この場所をみなさんの表現活動の一環として活用してくださる、新しい個性を常に募集しています。

「この世界にはもはや小説は必要ない。ではなぜ小説を書くのか?」と誰かが言った。
 しかし、もう、あなたにはわかっているはずだ。いやになるほど、わかりきっているはずだ!

「あのね、あーのね、あーのねー!」
 小さな女の子がお母さんにしがみついて嬉しそうに叫んだ。
「東京文芸センターなんだよ!」




東京文芸センター Vol.39


執筆 :朝倉 海人
越前谷 千
佐藤 由香里
藤崎 あいる
後記 :越前谷 千
構成 :岩井市 英知
表紙 :佐藤 由香里
監修 :東京文芸センター