後記
 
 

 私が子供の頃住んでいた町はとても田舎で、民家の他には山と森しかなかった。小学3年生の頃、一度0.6まで下がった視力が、中学に上がった頃には勝手に1.5まで回復していたほど、多くの緑に囲まれていた。幼い私は探検と称して妹と一緒に山に行き、偶然見つけた廃虚を秘密基地にして遊んだりした。
 当時、家の近所にススキ野原があった。私と妹はその場所をとても気に入っていて、毎日のように日が暮れるまで遊んでいたので、いつも帰りが遅いと母に怒られていた。それでもなお私たちは日が暮れても遊ぶことをやめなかった。茜色に染まったススキが風になびいて波打っているのを見ながらススキの穂を編んだり、影を追い掛けたりしてじゃれ合っていた。毎日が、宝箱に納めてしまいたいほど輝いていた日々だった。

 だからかもしれない。夕焼けを見ると、私はとてもノスタルジックな気持ちになる。先日、ここ最近ずっと残業続きだった私は久しぶりに定時に帰ることが出来た。溜息をついて顔を上げると、真上には鮮やかな茜色の空が広がっていた。そういえば、もう随分と夕焼けなど見ていなかった。太陽は一日一回必ず沈むのだから、見ようと思えば毎日でも見れるはずなのに、見ようと思うことは案外難しいことに気付く。
 慌しく過ぎていく日々の中で忙しく動き回っていたので、ここのところの私は空を見る余裕なんてなかった。心に温かい感覚がじんわりと広がっていく。私はあの頃のことを思い出しながら、今度里帰りをする時は懐かしいあの場所に立ち寄ってみようとぼんやりと考えた。

 たまには歩みを止めて辺りを見渡してみるのもいい。そうすれば、忘れかけた記憶を思い出させてくれる何かが待っているかもしれない。




東京文芸センター Vol.46

執筆 :朝倉 海人
上松 弘庸
金田 満子
佐藤 由香里
藤崎 あいる
後記 :佐藤 由香里
構成 :岩井市 英知
表紙 :佐藤 由香里
監修 :東京文芸センター