黄金




朝倉 海人






 確か、正治か建仁の頃のことである。
 ある男――残念なことに名前まで私が知ることが出来なかったのであるが――は旅の途中であった。男は易者で、諸国を行脚している途中であった。後に、承久の乱と呼ばれる後鳥羽院と鎌倉の間に起こった動乱が起こる直前であった。民衆は源平合戦の荒廃からようやく立ち直りつつあった時で、まだ豊かな暮らしだったとは到底言えるわけもなかった。
 それを「暗黒の時代」というのは、私たちの想像でしかない。時代はもっと牧歌的な長閑なものであった。いくら都が風聞通説に惑わされていようとも、一度外に出てしまえばあまり関係のない話でもあった。男自身も都や鎌倉の喧騒から逃れるために地方に旅に出かけたのである。
 その日も前の日と同じようにゆっくりと、六里ほど歩いた頃、西の空に陽が移ってきた。そろそろその日の宿を探さなければならなかった。
 辺りを見渡すと、荒れ果てた一軒の家が見えた。その家は大層大きかったが、周囲は草が伸び放題、屋根は所々が崩れ落ち、一見人など住んでいるようには思えなかった。男もさすがにここに住んでいる人間などいないと思ったものの、「誰か、いませんか?」と礼儀も含めて尋ねた。玄関の扉も最早外れたままであった。このような不気味な家屋に一夜とは言えあまり泊まることに気が進まなかったが、他に家も見えず、「仕方なく」というような心境だった。
「ここに泊まらせて頂けないでしょうか?」
 すると、奥の方から一人の女が姿を現したのである。男は驚き戸惑いながらも、宿を借りたいということを伝えた。恐らく断るのではないだろうか、という期待を男が持っていたのかどうか、私にはわからない。
「いいですとも、是非お泊まりなさい」
 と、言うから二度驚きである。女は見た目、若いようには見えなかった。だから、「後家であろうか?」と男が思ったのも無理はない。ただ、女の服装はそれほど見窄らしい格好ではなかった。住んでいる者がいるとは思っていなかったものの、頼んだ手前断ることも出来ずに、この日はこの家に泊まることにした。
 家には女の他には誰もいないようで、ひっそりとしたものだった。部屋で荷物をおろしているところに、女はやって来て、「食事を摂りませんか?」と言う。「そこまで世話になっては」と、男は言ったのだが、腹の減りと台所の方からやって来る美味そうな匂いには勝てなかった。
 壊れかけた囲炉裏に男は座り、その右手に女は座った。やはり他に誰もいないようで、二人だけの食事であった。男は何か話すべきかと思ったが、どうにもこの空間の空気に押し黙ってしまう。女は言葉を発することなく、黙々と食べている。
「まだ、たくさんありますよ」と、一度言ったきりだった。
 男は何も言わずに、汁物の欠け茶碗をそっと女の方に出した。女も黙ってそれを受け取り、鍋から汁をすくい、男に茶碗を返す。それも黙って急いでかき込んだ。
 食事も終わり、部屋に戻ると布団が敷かれてあった。余程の世話好きなのだろうか? と、男は思った。もしくは、久しぶりに他人と話す機会があって内心喜んでいるのだろうか? どちらにしても、それまでの女への不気味さ、違和感を払拭させるには充分な配慮だった。
 掛け布団は色々な布地を貼り合わせたもので、お世辞にも良いものとは言えなかったが、泊めて貰った身で文句を言っても仕方なく、ありがたく使わせてもらった。


 夜も明け、東の空が徐々に白くなってきた頃、男は目を覚まし、旅立つ荷造りを始めた。旅は早い時間から出かけなければ、距離を稼げないからだ。荷造りも終わり、玄関から一歩外に踏み出した時だった。
「出かけてはなりません」
 と、女が男を留めるのである。もしや、自分が立ち去ってしまうと、また独りとなってしまうことを悲しんでのことだろうかと、男は思った。
「どうかしましたか?」と、男が尋ねる。
「あなたは私に千両の借金がある」と、女は言う。
 男は突然言われた身に覚えのない借金に驚いた。
「その借金を返してください。返さないのであれば、ここから出て行ってはなりません」
 女は容赦なく言うのである。「まさか、そんな借金などあるものか」と笑い飛ばすのは簡単だったが、女のあまりにも真剣な表情にそう言うことも出来なかった。そこで、男は記憶を出来る限り遡り、そのような借金――しかも千両も――があっただろうかと思い返したが、やはり心当たりはない。宿代というわけでもないようであるし、宿代にしては高すぎる。
「ちょっと待ってくれ」と、男が言うのも無理のない話だった。
 思い当たるものはないが、一つ女に訊いてみようと、男は荷物をその場に置き、女を手招きで呼び寄せた。
「もしや、あなたの親御さんは易の占いというものをしませんでしたか?」
「さあ、それはどうでしょうか。確か、あなたがやっているようなことをしていました」と、女は素直に答えた。
「では、なぜ、千両の借金を返せと、私に言うのでしょう?」
 男も疑問に思っていることをこの際、素直に訊くことにした。頭の中で考えても埒があかないと思ったからだ。そもそも、男は自分にそんな借金があるとは到底思えなかった。いくら思い出そうとしても、そんな記憶などない。千両という大きなお金のことであれば、いくら何でも覚えているだろう。
「私の親が死んだ時のことです。親は生活できるだけの物を残してくれました。私もそのおかげで、今まで生活が出来たのです。その親が死ぬ間際、私にこう言いました。『今から十年ぐらい経った日に、一人の旅人が宿を借りたいと尋ねてくる。その旅人は私に借金をしているから、家に泊まって貰い、金を返してもらいなさい。その金で苦しくなったら生活しなさい』と。この十年、親が残した物を少しずつ少しずつ売っては僅かな金を得て、暮らしておりました。しかし、そんな生活もままならなくなった近頃に、あなたがやってきたというわけです。最早、これまでかと思っていましたが、親の言ってたことは正しかったのでございますね」
 女は涙を流しながら懇々と語った。
「そうかそうか、そんなこともあったのか」
 男は女の話に感銘を受けたのか、荷物の中から易に使う道具を取りだし、占いを行うと、二、三頷き、女を家の片隅に連れて行った。
 縁側の柱の一つを男が叩くと、乾いた男が鳴り響いた。
「カーン、カーン」
 柱の根本を指さして、「ほら、この中に金が埋まっている。大切に使いなさい」とだけ言い残し、その家を後にした。
 女がその場所を掘り返してみると、これは千両ばかりの金が壺の中に入っているではないか。女はひどく喜び、自分の親の遺言が正しかったことを噛み締めるのだった。


「その話は本当なの?」
 無邪気な子供が私に言い寄った。その顔はどうやら、信じられないと言いたげであった。私はその子供の一人の頭をポンッと軽く叩き、笑って見せた。
 その女の親は都でも有名な易者だった。貴族などの占いもしておった者であったから、自分の娘も占っていたのだ。
「恐らく、十年ほど経てば、貧しくなるだろう。その時、易者がやって来てこの家に泊まろうとするだろう」と易に出た。
 そこで、女の親は一つの計略を立てたのだ。金が家にこれほどあると知ったとすれば、遊び使ってすぐに貧しくなってしまう。遺言として、「十年後にやってくる男に借金がある」と伝えておけば、十年は質素な暮らしを我慢できるだろう。質素な暮らしも十年続けば、慣れるものだ。やって来るのも易者なれば、そのことを汲み取ってくれるだろうと、踏んだわけである。
「その女の人は幸せになったの?」
 先ほどとは違う子供が言う。私はその言葉には何も返さず、ただ笑ってやり過ごした。
 ただ、あの男は宿代の代わりに、自分の易占いが役に立ったことに胸をなで下ろした。そして、易とは人の行く末までも覗いて、行わなければならないのだなということを、女の親の遺言から学んだのであった。


   了