A sweet sigh bites an ear




藤崎あいる













時計の秒針がすすむごとにわたしは年を老いているのは、カイロをあてて眠ってしまった所が低音やけどになってしまうような事なのだろうか。やけどになってみないと、気付かない。または、ぬるま湯に浸かったかえるが、気持ちよさに感覚を奪われ、だんだんと温度があがってとうとう熱湯になり、気分よく腹を上に向けて死ぬような事にも似ているのだろうか。いや、それは違う気もする。

蛇口のない水道管からあふれる水を止めることが非力なわたしにはできなくて 、だけど止めずに放っておくのも決して悪い事ではないと思ったので わたしはただ他人事のようにそれを見ている。ぼんやりとわたしの記憶の回路が疼き、その痛みに顔を歪める。今、わたしはとても不細工なんだろう。書斎の片隅で壁にもたれながら、わたしは目を閉じた。

「真緒?」

兄は、わたしを自分の視界に確認するとわたしの方へ心配そうな顔をしながら近付いて水と薬を差し出した。首の筋肉の緊張を和らげる薬と、鎮痛剤をわたしは身体の中に流し込んだ。あまり使い過ぎると、鎮痛剤も効かなくなってしまうから滅多に使わない。兄は、わたしの頭を撫でた。

「大丈夫か?寝室にいったほうがいい」
「いいです。平気だわ」

そう言って断ったものの、心配した兄はわたしを強引におぶって寝室につれていった。ひんやりした布団の中に入ると自然に眠気が襲って来て、ずきんずきんという脈うつ音と共に夢の世界へ導かれて行く。頭痛からは寝て逃げてしまうのがいちばんいい。夢うつつの中で覚えているのは、着物の小紋をぬがす感覚と、兄の慈しむような手で撫でられている髪。

どうして兄の手はここまで優しいのだろう。兄の手は、労りの心に満ちている。わたしをとても可愛がってくれているのが目に見えて解る。そんな兄のわたしにむける愛情がとても嬉しかった。わたしは愛されている。自信を持ってそう言えるのは、素晴らしい事である。兄にとってわたしは世界でたったひとりの妹、わたしにとって兄は世界でたったひとりの兄。血の繋がりがあるということだけでも安心して、だけどそれ以上にわたしたちも兄妹で。血の繋がりがあっても争う一族はあるけれども、わたしのところはそんなことはまるで心配ないと思う。だって、こんなに仲がいいんだもの。

幸せな夢を見ていた。夢の中からなかなか抜けだせずに、今日一日夢の中で時間をつぶすことになってしまった。目が覚めたのは翌日の午前3時。真夜中だ。すぐに寝ようとしたのだけれど、冴えてしまって眠れなくてわたしはこんな夜中に起き上がった。外から、あの嫌な鹿おどしの音が聞こえた。ここにずっといようかと思ったが、その嫌な音と、のどが渇いてしまったせいで、わたしは立ち上がって台所に向かった。素足に触れる廊下が冷たくて、わたしは途中歩くのも億劫な気持ちになってしまう。

寒い廊下を通って台所にやっと辿り着くと、なぜだかそこには白い寝巻き姿の兄がいた。コエをかけようとしたら、兄はサッとわたしの口を押さえ、静かにしろ、とい示した。緊張が走った。むこうの方で、ゴミをあさる犬が出すようなゴソゴソという物音がしている。誰かいる!わたしはじっと身体を堅くした。兄は静かにわたしに耳打ちをした。

ここにいろ。音を出すなよ。

すると兄はダッと台所の向こう側に素早く駆け寄り、そこで誰かとやりあっているようだった。わたしはすぐにそばにあった電話から110番を押す。

「大丈夫だ。俺が空手の有段者って知ってるだろ」

知らなかった(というか、覚えていない)。混沌とした闇の中、あのビラビラ金魚の色をしたランプをかき乱しながらパトカーが到着した。静寂の中にあったはずの屋敷は騒然とした。眠っていた使用人たちが起きて来て、恐いわぁなどと話し合っている。星がとても綺麗に見える時間に入った泥棒は兄に捕まえられ、かけつけた警察に連行された。わたしは兄の背中を抱き締めた。

「よかった。無事で」

兄はまた、あのごつごつとした手でわたしの髪を撫でた。