A sweet sigh bites an ear




藤崎あいる













天気も何もかもわたしたちの味方をしてくれた。空は薄い水色をかけて白く飛行するものだってひとつもなく、ただ大きく燃えるような光を放つ太陽がわたしたちを見下ろしている。兄とわたしは、久々の休みに動物園に来た。こんな事をしている場合ではないと言う事は思ったのだけれど、大谷さんも佐緒里も今日だからこそいいのだ、と笑って送りだしてくれた。兄と前に約束した、遊びに行くという事をやっと叶えられた。大谷さんが動物園まで送ってくれた。

「ねえお兄さま見て!ゾウ!」
「ねえお兄さま見て!キリン!」
「ねえお兄さま見て!シカ!」
「ねえお兄さま見て!ヒツジ!」

わたしが頬を紅潮させて、柵から身を乗り出すようにして見ていたら、兄のくつくつと笑うコエが聞こえた。振り返ると兄はまだ笑っている。

「いや、お前があんまりはしゃぐものだから」
「笑わないでくださいよ」

わたしたちはそう言いながら、のんびりと動物を見学した。だけど柵に入ってずっと誰かから見られている、動物たちの気持ちを考えると少しやるせなかった。貴方はシアワセ?それとも、生まれた時からずっとそうだったから、それがもう普通で何も疑わなくなっているの?

少し歩くと、小さな柵があって、横に『いじめちゃだめだよ。動物さんの近くでお菓子やお弁当を食べないでね。動物さんたちと仲良く遊んでね』と書かれた板が掛けられていた。わたしのココロがぱああと明るくなる前に兄もうきうきとしはじめて、早く行こう早く行こうとわたしを急かした。子供みたいだ。

子供達に混ざってウサギといきなり遊び出した兄は、当然周囲からは浮いている。それでも次第に周りの子供に溶け込んで行く姿が焼き立てのパンの上に乗せたバターがさらりと溶けて行く様よりも自然で、わたしは笑ってしまった。自分だってはしゃいでいるではないか。今、兄は子供達からおじちゃんと呼ばれ、お兄さんだ、と訂正している。

わたしは目を細めていっぱいに背を伸ばした。太陽の光が眩しくて、わたしは細めた目を糸のようにした。すると隣に座っていた女性がわたしにコエをかけた。

「あそこで子供達と遊んでいらっしゃるのは、貴方の恋人さんなの?」

わたしは、いいえと首を振り、兄だと伝える。すると女性は、にっこり微笑んで言った。

「いい方なのね。あんなにもすぐに子供達のココロをつかんでしまうなんてね」
「ありがとうございます」

兄は、今度は羊の方へ移ったようだ。

「綺麗なお着物ですね」

この着物は兄が選んでくれた物で、それを誉めてもらえた事に対して、わたしは喜びの気持ちを覚えた。女性は佐緒里に似ていた。茶色の猫っ毛を赤いボンボンでふたつに結んだ、お餅のような女の子がその女性に近寄って来た。女性はサッと母の顔になり、お昼ごはんのことなどを話し合っている。わたしは兄の元へ行き、一緒にたわむれた。ウサギは泣き顔をしていた。嬉し泣きだったらいい、とぼんやり思った。そして兄はわたしの手をひいて、そこを出た。遠くで、様々な動物のコエが聞こえた。

湿った土はまだ渇いていない。ああ、昨日雨が降ったのねと解釈した。

「お兄さま、とても楽しそうだったわ」
「楽しかったぞ。子供達も可愛くてな。どうして真緒はこなかったんだ?」
「ひなたぼっこをしていたの」

やわらかくてふかふかとした布団をかぶっているような感覚がたしかにあったのだ。わたしは目をつむってそれを思い浮かべた。兄の手の力が強くなる事で、すぐに抜け出しはしたけれど。そしてその時、わたしの視界に入った太陽が、のっぺりと浮かぶ星に見えた。だって太陽は、わたしの隣にすぐにいるのだもの。

兄はウサギのぬいぐるみをわたしに買ってくれた。わたしは大喜びして、兄に何度も礼を言った。兄はまた優しくわたしの頭を撫でた。わたしはふわりと目を瞑った。