A sweet sigh bites an ear




藤崎あいる













あの流れ星がじゅっと消えたのは、あれが死んでしまったから。いくつかのヒトは、両手を合わせて叶いそうにない願いを星にたくそうとする。流れ星は死ぬ瞬間に、『願いごとを星に願う』というヒトの夢を叶えて死んで行くから、少しは救われているのかも知れない。3秒でも一瞬でも、自分ではない他の誰かから、強く求められるのだから、死ぬとなっても孤独でなくシアワセな気持ちで最後を迎える事ができる。流れ星のあとに伝う涙はその喜びの証なのだ。

そんな星の集まりを橋にして、1年に1度晴れの日に限り再会する恋人同士のように、ゆるぎないココロをもった日にはどういった気分になれるのだろうか。佐緒里とそんなつかめない寓話の話題で盛り上がっていた。季節外れになるが、あの寓話ほどロマンティックなものはないのではないか。わたしは、ゆるぎないココロでそう断言する。この物語は、いつか入院していた時に兄から聞いたものだった。わたしはそれを宝石箱にしまうように大事にココロの中にしまった。それから、空を見るのが楽しみになったのだ。

だけど今はその楽しみよりも優先なのが兄の健康状態をよくする事だった。



やっと兄に会えたのは、真夜中の事だった。兄は午前1時に寝室に戻った。わたしはその時、眠る事ができなくて起きて水を飲みに台所へ歩いた。その後、兄のものであろう足音につられて、わたしは兄の寝室に行った。どうしてわたしに会おうとしなかったのか、場合によってはひっぱたいてやることも考えたがそれは考慮することにした。

「お兄さま?」
「真緒か」

兄はわたしを見ると柔らかい笑顔で笑った。だけど頬はわずかだがやつれているように見える。手もガサガサとしていた。兄はこんなに若いのに、この人の肩に乗っている『ヒト』の重さは重すぎる。それでもこのヒトはそれを落とさぬように大事にしているんだ。わたしはずっと口にしたかった言葉をやっと吐き出す。

「お兄さま、食べなければ身体に毒ですわ。今日はわたしがお兄さまが寝付くまで髪を撫でていてあげます。明日はヨーグルトでも何でもいいから食べて下さい」

兄はふっと笑って、そしてわたしの手を持って言った。何の他意もない言葉だった。ただ兄が、わたしが頭痛に悩まされている時にいつもそうしてくれた、それをまねただけだった。すると一瞬のうちに兄の目に狂気の光が走ってわたしを捕らえた。



「お前を味わえばいいんだ」

兄はいきなりわたしを抱き締める。その筋肉のしっかりとついた腕で、しめて、しめて、息ができなくなるほどに。わたしの唇にわって入り、無理矢理に舌を絡ませた。わたしは驚き、身体がかたくなり上手く動かせなくなりながらもその鍛えられた腕から逃れようとした。けれど結果は見えている。小さな悲鳴をあげ、わたしはもがいた。涙がぽろぽろと溢れている。

「ずっと俺はお前を愛していたんだ。俺は、愛する女と寝たい」

その時、わたしの口角の隙間から唾液がたらりとだらしなくたれた。兄はわたしの唾液を舌で舐めてぬぐった。

兄はわたしを愛した。

わたしの身体を皮膚が剥けてしまわぬばかりに口で吸い、甘く噛む。頬を。耳朶を。首を。唇を。甘く噛む。わたしは抵抗を続けた。その間も兄の睫はわたしの肌をくすぐった。兄の手がわたしの腰元にいき、白い寝巻きの帯をひく。むきだしになった肩はもうすでに兄のもの。わたしが逃げてしまわないように左手でその肩を自分のものにして、しつこく唇をわたしの身体にはわせる。兄は服を脱ごうとはせず、飽くまでわたしを味わう。兄の大きな右手はわたしの身体を撫でる。愛情込めて、撫でる。わたしはそれを感じながら障子の外からの光を眺めた。涙はいつの間にかとまっていた。抵抗しようとする気力も奪われた。兄の気持ちが大きすぎたのだ。

まだ、夜は明けないみたいだ。月光がこんなに明るいから。兄はわたしのその様子に気付くと、わたしの顔を自分のほうへむかせ、言った。

「俺を見ろ」

またわたしに口付ける。わたしの乱れた髪に触れたあと、半開きになった唇に触れた、兄の指先。

「心配しなくてもいい。お前は俺の事しか考えられなくなる」

目は涙で既に溶けていた。

「俺がいちばん、お前を可愛がってやる」

月光が兄の顔をしたたかに照らしたのは正解だった。誰か、神でもいたのかもしれない。いつか、見た事のある目だった。茶化した様子がまったく見られない、真剣で、恐い、狂気的な目。

兄は焦らしながらほどいた帯を捨て、わたしをキスで責めながら、白い着物をぬがした。背筋を兄がなぞるように舌で愛撫したとき、遠くで寝ぼけた鳥のコエが聴こえた。兄はキスでわたしの目を閉じさせた。兄の舌と手がわたしの身体を歩く。はぁ、とため息をつくと兄はもっともっと激しくなる。そしてそれと比例するようにわたしの呼吸も荒くなる。

わたしの乳房を撫でる兄の手はあつく、わたしの身体は微妙な温度差に反応してびくりと震える。兄はそれをキスで押さえる。大人しく横になって、兄のされるがままになっているわたしはまるで人形のようだった。わたしはこの意味不明な感覚と、兄の手に完璧に身を委ねた。兄の指が長い事を確認した。兄はそして、罪をおかしたのだった。兄の手がわたしに触れた時、わたしは兄の両手を自分の首の脈打つ所にに持って来て、言った。

「わたしを絞めて殺して、貴方のものにしてしまえばいい」



流れ星は求められて本当にシアワセだった?