メイキング(後編)



潮なつみ





 今日はじゅくがなかったので、放か後、まみちゃんといっしょに、ふみかちゃんのお家に遊びに行きました。ふみかちゃんは、クラスでいちばん身長が高い女の子です。お父さんもお母さんも働いていて、夜までは遊びほうだいなので、たまに行くのです。それに、ふみかちゃんには少し年のはなれたお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるので、古いマンガとかがお家にたくさんあります。今日は、私たちが生まれたころに連さいされていたマンガを、みんなでこたつに入りながら読みました。おもしろかったです。
 読み終わって外を見ると、もうまっくらでした。びっくりして時計を見たら、まだ五時になっていませんでした。冬だから、外がくらくなるのがとても早いです。私もまみちゃんも、門げんは五時半なので、ジュースを飲みながら、もうすこしおしゃべりしていくことにしました。
「これって何かわかる?」
 ふみかちゃんが、とつぜんにやけながら言い出しました。左手をかるくにぎって、つつのような形にして、親ゆびのほうから、右手の人差しゆびを入れたり出したりしています。
「なに、それ?」
「こっちが女で、こっちが男」
「えー?」
 左手のほうが女で、右手が男らしいです。いみが、ぜんぜん分かりません。まみちゃんも首をかしげています。
「だからね、こっちが女の人の体にあるアナで、このゆびが男の人のおちんちんなの。このアナに出したり入れたりすると、男も女も気持ち良くなるんだって。セックスっていうんだよ」
「えー、どのアナにそんなの入れるの?」
 きたないなあ、と思いました。だって、おちんちんはおしっこが出るところなのに、それを体のアナに入れて気持ち良くなるなんて、ぜったいにへんです。
「生理のときに、血が出てくるアナだよ。このまえ教わったじゃん」
 生理のアナなら分かります。おしっこが出るところと、うんちが出るところのまんなかに、女の人にはもうひとつアナがあると、先生が言ってました。
「そんなのが気持ち良いなんて、へん」
「二人とも、パンツぬがなきゃいけないじゃんねー」
「ヘンタイっぽいよ」
「そうだよね、へんだよ」
 私とまみちゃんは、ふみかちゃんの話をあんまり信じないで、わらっていました。すると、ふみかちゃんはおこって言いました。
「ヘンタイとか言うけど、大人はみんなやってるんだよ。ゆいちゃんのパパとママも、まみちゃんのパパとママも!」
「うそだぁ」
「何でふみかちゃんにそんなことが分かるの?」
「だって、そうしなきゃ子供は生まれないんだよ。ゆいちゃんも、まみちゃんも、ママからちゃんと生まれたんでしょ?」
「!」
 ふみかちゃんがそう言ったので、私はようやく、この前からフシギに思っていたナゾがとけました。生理のアナは、赤ちゃんのために作られたベッドが古くなって出てくるところです。ということは、その奥に赤ちゃんのモトがあるということです。そして、男の人の赤ちゃんのモトは精子で、おちんちんから出てくるのです。だから生理のアナにおちんちんを入れると、子供ができるのです。ようやく分かりました。
 それが気持ち良いのかどうかは、まだちょっと分かりません。だけど、ふみかちゃんは「大人はみんなやっている」と言いました。みんないやがらずにやっているのだから、たぶん本当に気持ち良いことなのだろうと思うけれど、どんなふうに、どのくらい、気持ちいいのかが分かりません。ちょっとだけ、その気持ちよさを知りたいです。
「なんか、信じられないよねえ」
 まみちゃんとそう言いながら、家に帰りました。なんとなく、パパとママの顔を見るのが、はずかしくなってしまいました。

 私はその日から、学校に行くたびに、竜くんを見るのも少しはずかしくて、ドキドキするようになってしまいました。今までだって、「かっこいいなあ」と思ってドキドキしていたのですが、今はなんだかそれとは少しちがいます。パパやママの顔を見るのがはずかしいのとも、少しちがいます。いつか竜くんと両想いになったら、私たちはハダカになって、セックスをするのかもしれないと思うと、ドキドキしてしまいます。本当に、心ぞうがトクトクいって、心があつくなっているのです。
「あはは、何これ、おもしろーい」
「こういう絵を書かせたら、たぶん竜くんは全国の小学生の中でもイチバンだよね」
「そうだよねー」
 休み時間に、竜くんの周りでキャーキャー言いながら笑っている女子が、必ず三人以上います。男子もいっぱい集まっています。竜くんは人気があるからいいけれど、まわりのみんなはうるさいです。
 竜くんをかこんでいる女子は、みんな竜くんのことが好きなのです。好きな男の子にかわいいと思われたい気持ちは、もちろん私にだってあります。だけど、なんだかみんなわざとらしいです。かわいいふくを着て、かわいい声を出して、どんなにいいところを見せたって、男と女はハダカになってセックスをするのだから。あの子たちはそんなことも知らないから、見ていてはずかしいのです。
 私は、少しとおくから竜くんを見つめながら、「手をつないでみたいなあ」とか、「体にさわってみたいなあ」とか、「キスしたらどんなかんじかなあ」などと考えるようになりました。その先のことも、少し。こんなことばかり考えているなんて、私はヘンタイなのかもしれません。だけど、自分のココロの中だけにあるヒミツって、なんだか気持ち良いのです。竜くんのまわりにいる女子よりも、少し大人になったみたいです。

 二月になると、クラスの女子はみんなバレンタインの話で盛り上がっています。聞いた話だけでも、七人は竜くんにチョコレートをあげるようです。その中に私は入っていません。私も、竜くんにチョコレートをあげるつもりだけど、みんなにはひみつです。私はほかの女子とはちがって、本気だからです。
 私は、竜くんと両想いになりたいのです。ほかの女子にとられたくないです。私は、ついこの間まで人を好きになるということの意味もよく分からなかったけれど、今は自信を持って恋をしていると言えるのです。頭で考えているんじゃなくて、ちゃんと心とか体があつくなって、竜くんのことを考えるだけでドキドキしています。
 いよいよあさってはバレンタインデーです。今日はじゅくがなかったので、私はひるねをしました。今夜は、パパとママがねたあとで、こそこそ手作りのプレゼントを作るのです。おかしは作ったことがないけれど、本を見ていちばんカンタンそうだったのが、チョコチップクッキーだったので、それを作ります。ぜんぶ一人でやります。ひみつって、気持ちいいです。
 夜の十二時ごろおきて、台所に行きました。もうみんな、ねています。計画どおりです。床がとても冷たいけれど、本を見ながら、しずかに、しずかに。バターをとかして、おさとうをまぜて、こむぎこをふるって、チョコチップを入れてまぜました。あとはオーブンに入れてやくだけ、というところで、とつぜん台所のドアがあきました。びっくりしてふりむくと、お姉ちゃんでした。パパとかママじゃなくて良かったです。
「なにしてんの?」
 お姉ちゃんは、小さな声で言いました。そして、まだやいていないクッキーを見て、私がこたえる前にもういちど言いました。
「あ、バレンタイン? これ、好きな人にあげるの?」
 私はすごくはずかしくなりました。だけど、ここまで見られてしまったら、もうかくせません。しかたなく、「うん」と小さく言いました。お姉ちゃんは、「そうかそうかー」と言って、なんだかうれしそうでした。
 それからお姉ちゃんは、「ゆい一人じゃ、オーブン使うのあぶないよ」といって、クッキーがやけるまでずっといっしょに見てくれました。やきたてのクッキーを味見して、「おいしい! きっとカレにも気持ちが伝わるよ」と言ってくれました。

 バレンタイン当日は、学校ではなく、放か後に竜くんのお家までクッキーを持っていって、直せつわたすことにしました。学校では、竜くんはたくさんチョコレートをもらっていたので、やっぱり私の作せんは成功だと思います。みんなのやつといっしょに持ちかえったら、どれがだれのだか分からなくなってしまいます。
 わたしは、五時間目が終わると、いそいで家に帰り、竜くんにわたすプレゼントを持って、またすぐにでかけました。竜くんのお家は歩いて五分くらいのところです。竜くんはまだ学校から帰っていないようでした。私は少しかげにかくれて、まちぶせしました。
 十五分くらい待ちました。人のけはいがしたので、こっそり見てみると、竜くんでした。わたしは竜くんのほうに走っていこうと思いました。だけど、ちょうどその時、
「ちょっと待ってよ」
 という女の子の声が聞こえたので、私はビクッとして、またかくれました。どうやら、その声は私ではなく、竜くんに向かって言ったものだったようです。だれかが、竜くんにかけよっていきました。
 またライバルだあ。私がうんざりして、かげから少しだけ顔を出してのぞいてみたら、そこにいたのは、なんと、あのビタ子さんだったのです。びっくりしたけれど、ビタ子さんだったらライバルでもなんでもないと思いました。いつもビタ子さんをからかってばかりいる竜くんが、ビタ子さんのことを好きになるわけがないです。でも、少し気になるので、私はかくれたまま、しばらく二人が何を話しているのかを、耳をすませて聞くことにしました。
「私もそろそろ卒業だからさ」
 ビタ子さんがとぎれとぎれに何か言います。竜くんは、小さく「うん」と言うだけです。
「前の学校でも、あたしはいじめられてたんだけどね、みんなシカトするだけだったんだよ。まるであたしがいないみたいに」
「うん」
「この小学校に転校して、たった一年だったけどさ、あんたにはいろいろいじめられたけど、ヘンなあだ名だけど、ちゃんと名前をよんでくれたから、うれしかった」
「うん」
「おいかけ回したりするのも、たのしかった」
 ビタ子さんはそう言って、竜くんにチョコレートのつつみらしいプレゼントを、頭をさげながらさし出しました。
「あたしみたいのが、だれかを好きになっちゃうなんて、わらっちゃうけどさ。あんたのことは、好き、かもしれない」
「いや、べつに笑わないけど」
 「うん」しか言わなかった竜くんは、そこではじめて「うん」以外のことばを言いました。ビタ子さんは、ものすごくはずかしそうでうれしそうな、わけのわからない顔をしてこう言いました。
「だって、もう中学に行くような女がさ、二才も下の男の子を好きだなんてさ、やっぱりヘンだよね」
 ウジウジと言いつづけるビタ子さんを見ながら、竜くんは少しかんがえるようなかおをしてから、こう言いました。
「よくわかんないけどさ、まだ子供のくせに『好き』とか言ってくる女子よりは、いいんじゃん?」
 そのことばを聞いて、私は竜くんにクッキーを渡せなくなってしまいました。竜くんは、ビタ子さんを私たちよりも大人だと思っているのです。そりゃあ、ビタ子さんは体も大きくて、ムネもあって、生理も来ているから、大人です。
 『初潮が来た時から、女の子から大人の女性になるんですよ』という先生のことばを思い出しました。生理が来ていない子供は、ひょっとしたらセックスなんかしちゃいけないのかもしれません。よくわからないけれど、きっとそうだと思います。私も、早く生理になって、ビタ子さんみたいにムネも大きくなって、二年後に中学に上がるころには、今のビタ子さんよりもずっと大人っぽくなろうと思います。

 どうしたら、早く生理になれるんだろう。家に帰ってからも、ずっとそのことを考えていました。ごはんのときも、おふろのときも、テレビのときも。自分の体がどうなっているのか、これからどうなるのか、どうなったら大人なのか、ちゃんと知りたいような気持ちになりました。そこで、お姉ちゃんがおふろに入っている間に、部屋で(私はお姉ちゃんと二人部屋です)パンツをぬいで、小さいかがみで、その部分を見てみることにしました。
 やっぱり、こういうところでパンツをぬぐのはヘンタイみたいだと思いました。パパやママに見つかったら、おこられるような気がします。お姉ちゃんがきゅうに帰ってきてしまったらどうしよう。ドキドキしながら見ました。
「?」
 見ても、よく分かりませんでした。何かが入るようなアナがあるようには、とても見えません。見ただけではよく分からなかったので、ほんの少しだけゆびを入れてみました。
「いたっ」
 なんか、いたかったです。ゆびでもこんなにいたいのに、こんなところに本当におちんちんが入るのかなあ。そう思って、あなのようなものがあるところを、手で開いてみると、手がさわったところの一部分が、くすぐったいような、だけど少しちがうような、じわっとあったかくなるような、何かがあふれ出すような、へんなかんじがしました。
 ひょっとして、気持ちいいってこれかなあと思ったので、もう少しそこをさわろうと思ったところで、お姉ちゃんがかいだんを上ってくる音が聞こえたので、いそいでパンツとパジャマのズボンをはきました。ちょうどはき終わった時にお姉ちゃんが部屋に入ってきました。セーフでした。
「お姉ちゃん」
 私は、お姉ちゃんにも聞いてみることにしました。
「セックスって知ってる?」
 お姉ちゃんは笑いました。
「あったりまえじゃん、子供じゃないんだから!」
 お姉ちゃんも、まだ中学一年生なのになあと思いました。たしかに中学生になると、みんな大人っぽくなるけれど、ついこの間まで小学生だったのに、おかしいです。
 その日の夜は、パンツの中がずっとじんわりとあったかくて、変な感じでした。



(おわり)