届かない耳、発さない口




藤崎あいる













6/10 - 6/30








2002/06/10(月) -
こんなに明るくてこんなに脳天気でいいのだろうか、みんなバカなんじゃないだろうかとあたしは思い、平和すぎる空を見上げため息をついた。平和なのは『いいコト』だけど。

トイレで吐いた。吐瀉物はぷかぷかと便器にういていた。あたしはぼうっとそれを眺め、またため息をひとつついてから立ち上がりそれを流した。気持ち悪い。





2002/06/16(日) モリチカ
あたしの身体に触れて、あたしを抱くモリチカはあたしとクラスメートで、学校ではあまり話さない。あたしたちは恋人同士という関係でもない。あたしたちは買い手売り手の関係で、あたしを1度抱く度にモリチカは3万円あたしに払う。あたしは、3万円で買われる女なのだというコトだけれど、あたしはそんなコトはどうでもいい(っていうのは、単なる強がりというやつなのかもしれないが)。モリチカは、父親が大きな会社をやっていて、母もその重役で、といういい家系に生まれている。だけどモリチカは金が嫌いだって言う。毎日朝起きたら1万円ダイニングテーブルの上においてあるらしい。その近くに『今日の食事代』と書かれた紙が置いてある。モリチカは、寂しいのかなと思った。あたしはお金が大好きで、その為なら服だって脱げる。モリチカは、ホットミルクのいちばん美味しい温度に似た、人肌を求めているのかも知れない。

あたしはまた今日、3万円稼いだ。そのことに対して、もうすでに罪悪感なんて感じる術もない。





2002/06/17(月) 昼間の駅前の公園
若い母親が幼いわが子を連れて来ている。今日、学校をサボってそこにずっといた。木陰でぼんやりその様子を眺めていた。母親達は、ベンチに座って談笑している。お昼時になると、子供達を呼んでそこにビニールマットをひろげ、ランチタイム。あたしはその風景に死ぬ程嫌気を感じ、子供は好きだけれど、あたしはこんなことは絶対できない、たえられないと思った。

滑り台の上の方から子供がひとりおちた。おとされた、みたいだ。別の子に。おちた子は大声で泣叫び、涙をぽろぽろと流した。おとした子は、泣かずにその子をじっと見ていた。シッカリと背筋を伸ばし、まっすぐにおちた子を見ていた。おとされた子の母親はビックリして駆け寄った。おとした子を攻め立てた。どうしてそんなことするの、あなたはこんなことされてうれしいの、お母さんに教わらなかったの、こんなことをしてはだめだって。

「お母さんいない。自分がされてうれしくないから、やったんだ」

その子はそう言って走って逃げた。

あたしはどうしてか、その子を追い掛けた。意味もないけれど、とっさに身体が反応し、鞄をもって素早く立ち上がって走っていた。小さな子だから、そう遠くへは行けず、すぐにあたしはつかまえた。

「だいじょうぶよ。あたしの事は、怖がらなくても平気」

あたしはそうやって言って、無表情にそこに突っ立っているその子に手を差し伸べた。その子はあたしを上目遣いで見て、疑っている様子。あるいは、見極めようとしているみたいだった。

「お父さんなら、あたしもいないんだよ。おそろいだね」
「おねえちゃんは、名前なんていうの。ぼくは、秀行」

あたしは秀行くんと友達になった。また明日の夕方、ココの公園で会う約束をした。





2002/06/18(火) メモ
秀行くんと会う。
・モリチカとやる。
・ピアスホールをあける。
・ブレスレットを買う。
・雑誌





2002/06/19(水) メモ
あけたピアスホールは3コめ。結構今度のは痛かった。
・美味しいシュークリームやさんをみつけて満足。
・吐いた。





2002/06/20(木) 見たくない情景
家に帰ったらお母さんと知らない男が裸でベッドで抱き合っていた。あたしはそれを見て、どうしてか髪を切りたいと思った。あたしは髪を切らずに、コンパスのハリで手の甲をさしている。何もかも忘れて、どうしてかちょっと気持ちいいとすら感じた。だけどすぐ隣の部屋から喘ぐ声が聞こえてきて、気分が悪くなり、ココにいるのはやめようと思ってあの公園まで走って行って、ついたらすぐにトイレで吐いた。





2002/06/21(金) わからないこと
昨日は、どうしてあたし逃げ出したりしたんだろう、と自分に問うてみた。昔からああいうことには慣れている。あたしは母子家庭で、母親は水商売(だけどホステスっていうのはすごい。色々な話をしっている)。母はまだ20代で通用する若さと美貌の持ち主だから、無理もないと思う。モリチカとして、終わってからモリチカにその話をした。モリチカは、
「綾香、寂しいんだな」
と言って、同情の目をあたしにむけたからイラついて、
「早くお金ちょうだい。同情なんていらない」
「俺のことを同情の目で見るくせに。自分だって、愛情に飢えてるくせに」

何もかも見すかしたように喋るところが、あたしが嫌うモリチカの姿だ。モリチカはそれだけ、頭がいい。勉強もできるし、実際人間的にも。

今日は期末テストだった。きっと、ボロボロ。どうでもいいけど。





2002/06/22(土) 今日も晴れた空
梅雨って、ドコにいってしまったの?
泣いてる間に誰かに殺されちゃったの?





2002/06/23(日) 気持ちが悪い
だけどチョコレートをつめこむ。そしてまた吐く。





2002/06/24(月) 信じられないヒト
今日、車にひかれたネコを見た。あたしは正直、可哀想だという気持ちと同じくらい『見ちゃった』という気持ちがあった。あたしがそうやっているうちに、自分がはおっていた青のチェックのシャツをぬいでそれにかぶせ、そのまま抱き上げて道のふちによせてやり、静かに手をあわせる茶髪ピアスの男のヒトの姿があった。あたしは本当に驚いてコエもでなかった。雨が降ったせいで湿った空気だった。

あたし、もういちどあのヒトに会いたいと思った。





2002/06/25(火) カエルは嫌い。
雨のない日のカエルは痛そうだと思う。





2002/06/26(水) 秀行くん
秀行くんと今日はピクニック。あたしたちは、少し遠くの公園に行くことにしている。秀行くん(秀行くんは、養護施設にはいっている。どういった理由があるのかは知らないけれど)とあたしは家が近いことに気付いて、今日は朝早くに秀行くんがあたしの家に来て、料理を共につくった。母親は、どこかにとまりにいっているみたいだ。秀行くんはあたしを『綾香おねえちゃん』と呼ぶ。きっと、弟がいたらこんなかんじだろうなと思い、あたしは秀行君が可愛くて可愛くてたまらない。





2002/06/27(木) 今日もまた
お母さんの恋人は来ていた。お母さんが、『持田さん』と呼んでいたので、あのヒトの名前は持田だとあたしは勝手に解釈した。持田は無精髭をはやし、目の下にはくまができて、なんだか疲れた感じの人だった。何の職についているんだろう、とぼんやり考えた。どうせ、疲れたサラリーマンか、なんかじゃないんだろうか。とにかくあたしは、虫が好かない奴としか見られない。あたしはリヴィングルームで話していたお母さんと持田を全く見ずに通り過ぎ、自分の部屋にこもってお菓子を食べた。

モリチカが「今から遊ぼう」と電話をかけてきた。今からしよ、の意味だけれど。あたしは「いいよ」と言って受話器を置いて、家をあとにした。今日は帰らない。多分、明日も。





2002/06/28(金) 登校
サボっちゃおうかな、と思ったのだけれども、モリチカが行こうと言うので一緒に学校に行った。あたしは昨日モリチカの家にとまった。大きな家はがらんとしていた。モリチカの心の空洞は、ココよりもきっともっと大きいんだろうと思った。

「今日、お手伝いさんたちは?」
「俺がもう帰した。今日、父さんはNYで、母さんは中国だって」

世界単位なんだなぁと感心したけれども、あたしはそれを口にださなかった。それで、モリチカがどれだけ寂しい思いをしているか(モリチカは、口には出さないし、だけど自然に態度にでる)、なんとなくわかる気がするから。あたしも、似ているかもしれない。

モリチカはやってる最中にあたしの乳房をやさしく噛んだ。痛くなかった。だからあたしも、モリチカの胸をかんだ。あたしは、強く。モリチカは痛みに顔を歪め、それから強引にあたしにキスをした。

モリチカと並んで歩くとき、嫌なのは皆に見られるということ。モリチカはただでさえ頭もよく、顔もいいために後輩の女生徒にとても好かれ憧れられている。あたしはあたしで、派手な茶髪に派手な化粧をしているため、目立つ(いつから、化粧をしなくちゃ人前にいられなくなったのかなぁ。でも、小さい頃からずっと、ココロに化粧はよくしてたかも)。

モリチカは、校門のあたりで内緒話をするふりをしてあたしの耳を少し噛んだ。あたしは、モリチカを鞄でたたいた。モリチカは、あははと笑って走った。あたしも一緒に走った。






2002/06/29(土) 今日もまたモリチカの家
モリチカとの帰り道、秀行くんに会った。秀行くんは髪の毛が短くなっていた。床屋さんに行ったの、とあたしがたずねたら、秀行くんは自分で切ったのと言った。まだ帰らなくてもいいの、と聞いたら、まだ帰らないもんと言って砂場でスコップを使い、器用に山を作っていた。秀行くんは相変わらず笑わない。話してはくれるけれど。

「あの子は施設に入ってる。親がいないみたい」
「どこの施設?」
「あたしの家の近く」
「へえ。綾香の家の近くの施設といったら、俺の友達もいる。そいつは、ひきとられてどっかの医者の養子になったらしいけどな」

モリチカの部屋は片付いていて、ベッドはあいかわらず広い。以前モリチカはあたしに焼そばをつくってくれたので、今日のお夕飯はあたしが作ることに決めた。あたしが料理をしていると、モリチカはダイニングテーブルで勉強を始めた。

「あんた、頭いいのにまだ勉強するわけ?」

あたしが皮肉たっぷりに言ったら、

「フクシュウだから」

と言った。あの発音とあの表情。これは、『復習』じゃなくて、『復讐』だと直感的に思った。きっと、そうだ。あたしはこの3日間の夜中、ずっとモリチカとセックスをしている。お金は6万貰った。モリチカは最近あたしの乳房を必ず噛む。どうしたのかなあと、少し不安になった。





2002/06/30(日) ひとりで

いつかの、あのネコを抱きかかえ手をあわせたあのヒトにまた会いたい。

街に出て、ウィンドウショッピング。あたしはゆっくり歩き、品物を見た。シャツワンピとリーヴァイスのブラック色落ちパンツ、下着を3着買った。化粧品も、ちらほらと買った。

今日はたしか、あたしのお母さんの誕生日。だけどあたしは家に帰らない。