宝物は何だっけ?

最終話

上松 弘庸


 眩しい位の真っ白だった。遠くから声が聞こえる。あれは規子の声か。そんなに責めるな、俺は疲れちゃったんだ。例えば、海岸で砂の城を作ったとして、やっと完成間近になったのに波が半分掻っ攫っていく、そんな感じさ。いや、成る程、それでも形は悪いが半分は砂の城に見えなくもない。いや、城に見えなくても何か他のものに見えるかもしれない。だけど、それじゃ駄目なのさ。だって、それはもう俺のイメージしていた城じゃなくなってしまったんだもの。俺が作りたかったのは、こんな城じゃないのさ。もっと見栄えが良いんだ。今だってもう一度途中から作り直したって良いんだけど、作ったってまた波が掻っ攫っていくのが分かってるんだ。だから俺はもう作らない。もう作りたくなくなったんだ。俺はこの半分残った城の残骸も、この足で、この右足で踏み潰してやる。もう沢山なんだ。例え城が完成したとしても、それが一体何になる?城は完成させなければいけないってのかい?それが宝物だから?そんな宝物、こっちから願い下げさ。それに、違うだろ?宝物は城じゃなくて、城を作る過程にあるのさ。完成した城は何の価値もない。そうだろ?少なくても俺は完成した城になんて興味は無いし、そんなもの欲しくもない。ただ、そこに城があるってだけさ。その城がどんなに立派なものであろうと、俺はそこには住めない。いいか、城を作る過程が大切だとしたら、この波は一体何なんだ?なんで俺の邪魔をする?いや、そんな理由は知りたくもないし、第一海が波を打っているのは海の勝手なんだ。最初から波が来る事は分かっていて、それを承知で城を作り続けた俺が馬鹿だったのさ。そう、俺が悪かったのさ。おや?お前は聡じゃないか。規子は何処に消えたんだ?聡、いいか、俺はお前には用はないんだ。いいからさっさと消えてくれ。速く、一刻も速く消えてくれ!

 お前は城を完成させたじゃないか!







 さて、この物語はこれで終わりである。この物語を最後まで読み続けてくれた大勢の尊敬すべき我が読者達に感謝したい。諸君、最後に私はこの物語を締めるにあたって、幾つか書き残そうと思う。それが終わったら長く苦しかった私の役目も終わりになる。

 この物語の主人公、橋本伸一は私自身である。
 私はこの物語の主人公として、幾つか書き残すべき事がある。
 諸君、是非最後まで付き合って頂きたい。この物語を私がどんな気持ちで書き続けたか、いや、そんな事はどうでも良い。成る程、私は少し言い訳が過ぎる様だ。

 私は常に悩み続けていた。恐るべき癲癇。思い出すだけでも癲癇が起きそうだ。文字を見るだけでも怖い。しかし、私は癲癇について書き、そして忘れる事が出来ない事を認識する。嗚呼。手が震える。右だ。癲癇。脳が正常でないのが自分で解る。諸君、自分の脳が正常でないという事はどんなに辛いだろう。しかも、自分の思考回路が突如おかしくなる時、おかしい、とそう思う別の思考回路もおかしくなるのだ。全く異常な欲求に駆られる。それを抑える理性、いや、そんなものではない。それを抑えたい欲望が、また私を狂わせる。何かがおかしい。では何をすれば良いのだ!私に一体何をしろというのだ!何をすれば癲癇を起こさなくて済むというのだ!私はもう、気が付いた時点で癲癇が発病しているというのに!
 思考が真っ白になる。その後、途切れ途切れに様々な種類の苦痛が、精神的苦痛が私を襲う。それは、まるでプツップツッと脳が分断されていくように。視界は見えているのに認識できない。体中が痙攣しているのに痙攣している感覚が無い。全身が硬直し、それぞれが全く違う方向に引っ張られる。指先は全て一点の方向に伸びていく。まるで千切れるようだ。口の中が苦い。苦い?いや、全身の感覚が完全に無いのに味覚が働いている訳が無い。視界が痙攣する。癲癇特有の苦痛が襲う。視界が白くなり、やがて記憶が途絶える。口から泡を吐きながら。見にくく顔を歪ませながら。
 目が覚めた後も記憶の混乱が続く。
 いつでも癲癇が起きる可能性がある生活。私はいつも自分の神経に注意を向け、そしてその事がより癲癇を起こさせる。諸君、何故なら私は何時だって正常ではないのだから!

 これで私は長い物語を終わろうと思う。私は自分がどんなに自分でないかを認識する為にこれを書き続けた。そして愛すべき読者達、貴方達がどんなに自分らしいかを私は伝える事が出来ただろうか!宝物が何だったのか、貴方達に伝わっただろうか!

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