海の向こうで戦争が


上松 弘庸


 僕は本当にびっくりしちゃったんだ。だって気が付いたら12歳になってるんだから。12歳!僕が12歳になるなんて思いもしなかったな。それに、ついこの間まで11歳になったばっかりだったんだ。本当さ、君はきっと信じないだろうけどね。でも、君は信じないかもしれないけれど、君だってそのうち12歳になるんだ。嫌だって思っても、きっとなるから。そうなるように世の中が決められているんだ。ただ、君の方が僕よりも年をとるのが遅いだけさ。君が12歳になるまでに僕は48歳になってるかもしれない。でも、それでも君もいつかは12歳になっちゃうんだ。
 そんなに嫌な顔をしないでくれよ。そりゃ、僕だってできる事なら認めたくないさ。でも仕方がない。もう12歳になっちゃったんだから。それよりもね、こう考えたらどうだろう?君は確かにいつか12歳になるけれど、まだ12歳にはなってない、ってね。それに、僕だって12歳にはなったけど、まだ17歳にはなってないんだ。そう考えたら気が楽さ。だって、17歳に比べたら12歳なんて夢のようだよ。
 僕は最近ね、僕が12歳になったって事は、僕以外にも12歳になった人がいるんじゃないのかなって、そう思うんだ。そうさ、きっといると思う。何処にいるかは分からないよ。僕のすぐ近くにいるかもしれないし、僕の想像もつかないような遠くにいるかもしれない。でもね、きっといると思うんだ。それを考えるとさ、僕はその誰かと一緒に生きているって思えるんだ。つまり12歳になったばっかりの彼とさ。いや分からないな、女の子なのかもしれない。どんな人なのかな?会って話がしてみたいんだけどね。会ったら何を話そうか。君だったら何を話す?何しろ自分と同じ歳の人なんだ。何を話せばいいのかな?
 そうだ、最初にその人がどんな人なのか知りたいな。どんな人なんだろう?今日の朝は何を食べて、今日の夜は何を食べるんだろう?好きな事は何だろう?嫌いな事は何だろう?僕と友達になってくれるかな?君とも友達になってくれればいいんだけれど…。ねぇ、君も友達になりたいだろう?何を話せばいいかな?君なら最初に何を話す?え、話を聞く?そうだね、話を聞くのもいいね。でも、話を聞くのもいいけれど、僕は自分から話をしようと思うんだ。そうだなぁ、例えば海の話なんかどうだろう?
 君は海って知ってるかい?母なる海、生命の源さ。海は広いな大きいな、ってね。色んな生き物がいるんだ。例えば、クジラやイルカ、それにタコとイカ、ペンギンだっているしラッコだっている。それに、これは僕の予想なんだけどね、君の好きな恐竜だっていると思うよ。何でもいるんだ。何しろ海には色んな力があってね、僕たちが生きていられるのは海のお陰なんだ。本当だよ。海がなければ僕達は生きていられなくなっちゃうんだから。だから、僕は海が大好きさ。僕は思うんだけど、僕と同じように12歳になった人も海が大好きだと思うんだ。だから、僕は、海の話をしようと思う。
 そうそう、海といえばね。このタイトル「海の向こうで戦争が」は、小説の「海の向こうで戦争が始まる」から盗ったんだ。海の向こうで戦争が始まる。いいセンスしてるよ。何しろ「海の向こう」で「戦争が始まる」んだから。この小説の作者は、次の作品で「コインロッカー・ベイビーズ」っていう本を書いたんだ。これも面白いよ。君も読んでみるといい。きっと気に入るから。でも、作者の名前忘れちゃったな。なんていう作者だっけ?あんまり耳にしない名前だったような気がする。だけど、良い小説だよ。本当に、僕はそう思うんだ。僕の言いたい事が分かるかい?君はまだ子供だから分からないかもしれないね。でも、僕には分からない、君だけしか分からない事もあると思うんだ。それはなくしちゃ駄目だよ。君がこれから先、12歳になってもね。いつ君が12歳になるかは誰にも分からないんだ。明日かもしれないし、100年先かもしれない。でもね、絶対にその日は来るんだ。ね、これは凄く重要な事だよ。物凄く重要な事なんだ。いつか時間が意味を失っても、それでも僕達は歳を取る。何度も言うようだけど、僕達は絶対に歳を取るんだ。歳を取って色あせた僕達は、他人の安らぎを奪い、ひたすら欲求を捜し求めるだろうね。上手く見つけて観客を満足させなければいけないんだ。さもないと、満足しない傍観者は僕達に唾を吐くのさ。真っ暗闇の中、満たされない安息を求め、ただただ流されるままに狂ったように響く笑い声。でもね、例えそんな笑い声の中、嬉々として振りかざす欲望の金槌に正義の二文字が書かれていてもだよ、やっぱり僕達はやがて歳を取るんだ。そうさ、僕はいつか17歳になるだろう。その時世界に何の価値もなくなっていても、歳を取った僕達はその世界を手に入れるんだ。血に塗れた手で掴み取る世界は、きっと僕達の欲望を満たしてくれる。その為の、輝かしく素晴らしい戦争なんだ。

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