プロローグ




――登場人物――
少女 / 謎の男







 月が浮かぶ都会の夜。行き交う人込みの中に、溜息をつきながら歩く少女が一人。いくら月光が街を照らしても、その全てをイルミネーションに吸い取られてしまって、一筋の光さえも少女には届かない。ライトを点滅させながら飛んでいるジェット機の騒音も、賑わう街の喧騒に埋もれている。
 楽しかった夜は一瞬。仲間と別れて一人になった少女は、突然空虚な気持ちに襲われた。少女は夜空を見上げて呟く。

 少女:
 「ああ、つまんない。世の中がひっくり返っちゃうような楽しいこと、ないかなあ」

 すると少女の正面に白い霧が現れ始めた。それは少女の前で集束し、やがて扉のような形になって動きを止めた。霧の扉の隙間から見えたものは、逆さになったこの街だった。上を見ると、空からは高層ビルが地上に向かって伸びていて、足元を覗くと、漆黒の谷には黄色い月が浮かんでいる。ジェット機は、深い谷の遥か底の方でチカチカとライトを点滅させている。

 少女:
 「うっそ…」

 扉の隙間に恐る恐る手を差し出す少女。徐々に吸い込まれていく体。少女はゆっくりと白い空間に飲み込まれて行った。


* * *



 その様子を遠巻きに見ていた黒ずくめの男。どこからともなく音楽が流れてくる。男は少女よりも深い溜息をついて呟く。

 男:
 「あーあ。入っちゃったよ。あの子、帰ってこれるのかなあ。俺は知らないよー」

 元来た道を戻ろうと振り返る男。ふと、自分に張り付く視線に気付いた。

 男:
 「おっと。失礼いたしました。
  えー、突然彼女の目の前に現れた異空間。彼女はあちらの世界に行ってしまったようです。こちら側の人間が入って、果たして出られるんでしょうかねえ。しかしこれは彼女が望んだこと。扉の向こうには何が待っているのでしょうか。彼女が望んでいたような世界だといいんですがね。

  こんな風に、私達が生活している日常のすぐ隣には、常に全く違う世界が存在しています。人は些細なきっかけでこの世界に迷い込むことが出来るのです。さて、今回は見知らぬ世界に迷い込んだ14人の主人公がいます。一体彼らを待っているのはどんな世界なのでしょう。ほら、扉は既に開け放たれています。さあ、あなたも一緒に迷いこんでみますか?」

 不敵な笑みを浮かべた男は、フェードアウトしていく不気味な旋律に乗って、暗闇に消えていった。


(佐藤 由香里)