fragment -3


人物
 ・約束を重ねる男
 ・約束をしない男
 ・約束を1つもつ女
 ・約束を守らない女


状況
[狭い部屋。扉が1つ、エアコンがあるだけであとはなにもない。中央に小さい、正方形のテーブルがあり、そのテーブルを囲むように四つのイスがある。その四つのイスに男二人と女二人が座っている]









「しかし驚いたね」1人の男が言う。「おまえが一度も約束を交わしたことがないなんて、知らなかった」
「そういえば、キミと私たちとが約束したことってなかったわね」女が言う。「どう?約束する気はない?」 「ごめんね」笑いながら、男は言う。
「なんだか信じられないよ、オレは。約束を交わしたことなしに生きて行くことができるなんて、そういう人間が存在するなんて、さ」男は言う。「――本当か?信じられない」
「そんなわけないじゃん」「アホだね」二人の女が同時に言う。そして、黙る。二人とも黙ってしまう。
「まあボクは厳密に自己言及してるわけじゃない」男がゆっくりと言う。「だいたい自己言及に耐え得ることは誰にも出来ないって考えて欲しいな。だけど――」いちど言葉を止める。「はっきりと言えるんだけど、約束を交わしたことはないよ」
「ウソはこのシステムに存在しないのよ」女が言う。それを受けて、男が笑う。
「わかったよ、認める認める」男は言う。「ならいくつか聞かせてくれよ――おまえは今後も約束をする気はないのか?」
「うん、しないと思う」男が答える。
「それでいいのか?」男は重ねて尋ねる。
「ねえ、ちょっと――」女は言う。そして言葉を考える。それを見ている三人は、彼女の言葉を待つ。「誰にも、誰の約束について言うことはしちゃいけないと思う。だって、約束はとても大事なものだから」
 喋り終わった、と思っても、誰も口を開かない。しばらく、その間が続く。
「私は約束を破りつづけてきたわ」女が口を開く。「多分、すべての約束を破ってきた。今まで私が破ってない約束なんて存在しない。今交わしている約束も、いずれ破るの、きっと」
「じゃあ、おまえにも尋ねるよ」男が口を開く。「どうして約束を守らないんだ?――どうして、いずれ破る、だなんて言えるんだ?オレにはそれも信じられない。約束の価値が――」少し黙る。「約束は守らなければ、おまえになにも与えない。なぜ約束を、軽く見るんだ?約束の一番大事な部分を、美味しい部分をとりのがすんだ?」
 女は笑い、答える。「ねえ、言ってやってよ」
 男が答える。「多分、彼女はいちばん大切な約束を捜しているんだよ」
「馬鹿。違うわよ。それはあんたでしょ」女は答える。「ねえ――思い返してよ、約束のはじまりを。約束は守ろうとして交わされるでしょ?誰も約束を破るつもりで交わす人はいない。破ろうとして交わされる約束は、約束とは呼ばない、でしょ?私は変わりつづけるの。約束から約束へと移動していくの。1つの約束を見極めたら、もうそれは私にとって意味がないの。だから破る」
「なあ、オレが聞きたいのもそういうことじゃないんだよ」男は言う。「約束を守らずにおまえはここまでやってきた。それで良く、つぎの約束を捜すことが出来たものだ、ということさ。そこがオレには信じられないんだよ。オレがもし、今まで交わした約束すべてを破ってきたとしたら、オレは今ごろこうして存在できていない。オレには信じられないんだよ」男は、男に向き直る。「おまえにも言えるがね。約束を交わさないで生きてきたなんて、漢字を読めないまま大人になるようなものだ。それでは何一つ成長しない。なのになんで、まともに生活できるんだ?」
「強がってるだけよ」女は言う。
「僕だってそうだ」男も言う。
「じゃあ、どうしてキミは次々と約束を重ねるの?」女は言う。
「約束することが生きてることだからさ」男は答える。
「私もそうなのかな?」女は尋ねる。
 しばらくみんなが黙る。そのうち、男と女が笑う。
「みんなあなたみたいになりたいのよ」女が答える。









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