fragment -9 人物 ・−山崎 ・−witch ・−koko ・−evi 状況 [テキスト・サイト・オフ。] 女は階段を降り、店の扉を開ける。 店の中は暗いが、あまり広くない。スーツ姿にムギワラ帽子をかぶった、やせぎすの人がカウンターにすぐに見つかる。もう顔を知っているのでそうする必要もなく、彼の非現実性は浮き上がって見えた。それは彼の趣味、というよりも、彼が初対面の緊張を残しているように、女には感じられる。 そういう距離で話をすると、彼が落ち着くのだろう、と女は思った。 「山崎さん、witchさん」 女は声をかける。 「やあ」山崎は答える。 「おひさしー」 隣に座っていたwitchも言う。やっぱり今日会ってみても、背が高いキレイな人だった。 「おひさしぶりです」 「kokoちゃん、なに飲む?」witchは言う。 eviもすぐにやってくる。 眼鏡をかけて、袖から色が違うTシャツ、ジーンズという格好。彼はまだ学生だ。 「来た時にカウンターしか空いてなかったんだ。移ろうか?」山崎が言う。 「いいよ、ここで。カウンターって一回座ると落ち着けちゃうんだよね」witchは言う。 「そうですね」kokoも言う。 「witchさんが遠いです」eviは言う。 「ココロは通じてる」witchは言って、片目を閉じる。eviは、それを見てなかった。 kokoはそれを見て、楽しくなった。 2度目のオフは静かだった。 だいたい、元からはしゃぐたちではない。呼びかけは山崎だが、山崎はゆっくりと、低い声で喋る。kokoはこの人を見て、初めて男が「口説く」のを想像できた気がした。 しかし、山崎さんにその意図はない、とkokoは思う。特に私もwitchさんも、特定に意識しているようにも見えないし、それを言ったらeviくんにも意識は均等にふられているようだった。寂しい人なのかな、とも思ったが、そういう人に特有の自信のなさみたいなところも感じられなかった。自信があるなら、口説くものだ、とkokoは思っている。 「みなさんは、ウェブテキストを、どうして、書いてるんですか?」 kokoはそう口にだした。しまった、と思った。4人の空気が一瞬止まったような気がした。 私にはよくある、「口に出してはいけないこと」を言ってしまった、と思った。空気を留めるのは私について回った性質だ。kokoは肩をすくませる。witchと山崎の間あたりを見ていた目を伏せる。 でもすぐにkokoは顔をあげた。これはテキストサイト・オフなのだと思い返すことができた。私はこの人たちに、今まで助けてもらえたのだ、とよくわからない開き直りができる。それはkokoが、求めてやっと手に入ったものだった。 「私はみんなに見てもらうためよ」witchは言う。「だって、何時間もかかる話は、友達にもできないでしょ?」 witchは小説をアップしているのだ。 「俺は――宗教的なことだと思ってるよ」山崎は言う。「『世界に向けて発信』とか言うだろう?でも俺にはそれは上手く想像できない。時々ね、目の前のPCはインターネットにつながってるんじゃなくて、神様につながってるような気がするよ」 「なるほど、わかりますね」eviは言葉を挟む。「『カミサマ』は、個人的にアクセスできて、しかもひどく一般的だ。それって、カミサマだけが持ってた性質ですよ。情報革新以前は」 「なるほどね」witchは言う。「理解できるな。自己満足とかっていうよりもステキ」 「ええ――レスポンスがないところまでおなじです」eviは言って笑う。「ああ、でもこれは僕だけですね。僕がサイトを作ると、どうも反響がないばかりで」 「あなたのサイト、私は好きだったわよ」witchは言った。「よくわかんないとこもあったなあ、そういえば」 eviも笑う。「ありがとうございます、ってほめられてないですね」 「俺のテキストだっておなじだよ」山崎は笑う。 「でも、こうして会ってるじゃない」witchは言う。 「あの、もう一つ聞きたいんですが」kokoは言う。喋ったことがない言葉ばかりを喋っていて、上手く口が回らない。 「どうして、私と会ってくれてるのかもよくわからないんです」 喋ってしまってkokoはまた顔を伏せた。今度は顔を上げられなかった。 平然とwitchは続ける。 「そうね、どうしてわざわざ私たちを呼ぶの?」と言って、山崎を見る。 「そうですね」eviも続ける。「インターネットの利点である簡便さはそこにはない。山崎さんなんて人恋しがるようにも見えないし、暇だから誰かと遊ぶ、っていうのは、理系の大学経験した人じゃあんまりないですよね、山崎さん。僕らに、なにを求めてるんですか?」 「ロジカルだね」山崎は言って笑う。 ムギワラ帽子のつばを触りながら、山崎は言う。「ほら、『ああ、俺みたいに、一人で祈ってる人がいる』っていうのは、時々、すごく心強くなるんだよ――でいいかい?」山崎は続ける。「だいたいじゃあ、あんたらは何で呼ばれたら来るの?」 「暇だからです」「お酒好きだから」eviとwitchは同時に言った。 kokoは目を閉じ、アルコールを口に含んだ。なにか暖かいものが、体中を流れるのを感じた。 ←_ |