fragment -13


人物
 ・男
 ・(――)
 ・『中学校の同級生』
 ・女


状況
[たいてい二人は男の部屋で会った。単純なことだ。女は家族と同居しており、都内からも遠いから。  男はいつも部屋をきれいにしている。最初は汚れていたが、女が注意するとゆっくりと、段階を踏んで掃除をするようになっていった。二人はだんだん、同じ程度の生活感覚をつかもうとしていた。

 二人はキスをしはじめた。]









 長いキスだ。
 男はいつもそういうキスをきっかけにする。それを女は知っていた。
 はじめ男のそういうかっちりとした、儀式めいたものに違和感があった。もっとわりきったセックスしか女はしたことがなかった。それはぎこちない、無意味な演出だ、と女は思っていた。でも回数を重ねるごとに、それは彼自身のためにやっているのだ、と気づくようになっていた。彼はそうしたロマンティックな演出を、自分のために必要とする男なのだ。そういう男ははじめてだったが、慣れてしまえばどちらでも同じことのように思えた。
 キスをしながら、昨晩ピルを飲んでなかったことを女は気がついた。オーソの副作用は強いのだ、と知って以来、頭が痛いのも身体がだるいのも薬のせいか、と女は思った。あまりしっかりと飲む気がなくなっていることも、女は気がついている。避妊がだんだんいいかげんになってきている――それにあらがう強い意志は、徐々になくなってきていた。
 かつては、絶対に徹底させてきたのに。女は思う。そう昔の話ではないはずなんだけど。

 キスは続く。男はときおり目を開き、女と目を合わせる。男は自分のタイミングで目を閉じ、開く。女はそれを、表情を変えずに眺めた。男は息も荒くせず、ゆっくりと手を女の背中の上に動かす。彼は徐々にではあるけど、こういう愛撫が長くなってきているように思える。激しい性欲が起こらなくなっているのかもしれない。
 私はどうだろう?――そう女は考える。私はもう、彼ほど儀式的なものを必要としていなくなっている、と思う。私の方が単純なのだ。私は彼のセンチメンタルな儀式につきあい、それを眺める。眺めながら、同調していく。
 これもかつては――そうではなかったかな、と思う。私は面倒な女だったのだ。一度なんかは途中で腹がたって、帰ってしまったこともある。
 でもそれはかなり昔の話のような気が、女はした。
 それは、遠い遠い。


 ――。
 唐突に昔のことを思い出した。

『今一瞬、変な気持ちになっちゃった』

 物心がついて以来、考えもしなかったことだった。その記憶の呼び戻しに、女は息を飲んだ。キスをしている男はそれに気がついたかもしれない。一度思い出すと、勢いは激しく、その全容を全く覆うまで思い出させる。
 エロスな私。
 そう、私はエロスだった。
 私は自然に、エロスを身に纏い、エロスを自由に扱っていたのだ。



 中学生の頃だ。友人の部屋を思い出す。彼女の部屋にはすでにコンピュータがあって、私はそれにすごくあこがれた。テスト勉強をほったらかして、そのキーボードにさわり無駄話を始めたのだった。
 扱えるソフトもほとんどなくて、コンピュータからは離れる。それでもあこがれは自然にわき起こり、それは雑談としてしゃべらずにはいられなかった。私はひどく自然に雑談をしていた、かつては。相手は遠慮のないクラスメイトだったし、テストはそう差し迫った問題でもなかった。それはひどく自然な雑談だったのだ。
 私たちはこたつを挟んで向き合い、しゃべり、そしてごろごろと転がり適当な格好でくつろぎ始めた。彼女の部屋はとても居心地がよく、彼女はとてもくつろげる友人だった。頭の程度も同程度、お互いの理解の深さも、他に比類ないものだっただろう。  楽な姿勢楽な姿勢、と転がっていたら、彼女のベッドの上に落ち着いてしまった。そしてそれはこたつの向かい、彼女がいたベッドの上だった。
 私たちはさらに自然にコンピュータの話をした――と思う。もうその話題も終わっていたかもしれない。でもしゃべることは普通に残っていた。私は自分のことだけ考えて、おしゃべりをし続けた。私の興味のことだけ話続けて、彼女も私と同じくらい、同じようなことに興味があったのだ。だからおしゃべりは続いたのだ。
 私はおしゃべりを続け、無意識に身体を転がらせた。しゃべることにおだやかな興味が続いていたから、無意識だった。私は彼女の膝の上に転がり、彼女も楽な姿勢をとり――ベッドに倒れた。私たちは並んで寝転がった。それでも私は転がり続ける。彼女のそばに近寄り、離れ、指を動かし枕をさわり、彼女をさわった。そうしながら私はおしゃべりを続けていた。
 私は自分のことしか考えていなかった。そんな私が考えていたことは、おしゃべりのことだけだった。
 だから彼女がふと言った、言葉の意味もよくつかめなかった。私は彼女の話なんかほとんど聞いていなかった。彼女のことなんかわかりきっていると思っていたから、それは安心して聞き流せたのかもしれない。

『今一瞬、変な気持ちになっちゃった』

 私はエロスだ。
 私は自然に、エロスを身に纏い、エロスを自在に扱う。
 なにせ私はそのエロスのなか、考えていたのはおしゃべりのことだけだったのだ。
 今の私は――24歳。


 瞬間、私はものすごく高揚していた。唇に意識が集まった瞬間、
 彼は唇を離した。
 そして私の視線から離れるように立ち上がり、ジーンズを脱ぎ始めた。

 エロスは私の周りにある。私はエロスのただ中にいる。
 そう思いながら、私も彼から離れるようにして、服を脱ぎ始める。









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