fragment -14


人物
 ・通勤途中の男
 ・メール
 ・女
 ・エロダイレクトメール


状況
[平日の早朝の電車の中。ラッシュには少し早く、立っている人は少ない。男はジーンズ、パーカーに黒いマフラー姿。両手をパーカーのポケットに突っ込み、足を投げ出して座っている。目ははっきり開いていて、朝日がまぶしく射し込む窓を眺めている。]









 男は眠っていなかった。昨夜遅くまで友人と飲み歩き、帰宅してからはずっとゲームをしていたためだった。
 退屈なゲームだった。携帯用ゲームのため、今でも鞄の中に入っている。まったく眠くなかったが、とりだしてコンピュータとの戦いを再開する気は、まったくおこらなかった。人前で躊躇している訳ではない。あんな退屈なものはやりたくないからだ。
 周りを見渡す。スーツ姿のサラリーマンが多い。ほとんど全員が目を閉じている。それ以外に新聞を読んでいる人たちもいたが、熱心さがまるで感じられなかった。まだ時間は早いが、やはり通勤の時間なんだな、と男は思う。自分も紛れもなく通勤のためこの電車に乗っているのだ、と思い返す。
 自分はスーツは着ていないため、異分子のように見られていることを、男は自覚している。それに年齢がサラリーマンたちより一回り若い。椅子に浅く腰掛け、足をだらりと垂らしているとただ粋がっている若者にしか見えないだろう。しかし、自分も同じただのサラリーマンだ。ただ会社がスーツ着用を強制してないというだけだ。
 電話がぶるると短くふるえ、メールの着信を知らせた。ポケットから電話と一緒に手をだし、それを眺める。やはりダイレクトメールだった。

-------------------------
title<これはエロい!>
若い女性がいつでもあなた
を待っている素晴らしいサ
イトができました!http:/
/www.eroize.com/erodaiou/
-------------------------

 男は読み流し、すぐにそのメールを削除する。
 そのままなんとなく、電話の中に残っていたメールを眺める。
 内容がうまくとれないメール、待ち合わせにつかったメール、ネタを書いただけのメール……並ぶ順にそれらを読んでいく。どれを読んでも楽しくなかった。受け取った時の自分の感情や風景を思い出すことがうまく出来ない。受け取った時から楽しくなかったのか、と思う。
 電話をポケットにしまい、また顔をあげ窓の外を眺める。朝日がまぶしいが、顔をしかめるほどではない。窓はちょうど東を向いているようで、もう少し早かったら一番鮮烈な朝日を眺めることができただろう。見たかったな鮮烈な朝日、と男は思う。これ以上早く出ても時間をもてあますだけと知っていたので、思うだけだ。
 眠気、と男は意識する。気分は落ち着かず、はっきり意識できるわけではない。身体は動きたがってるようだし、頭は休まずに動き続けている。もちろん頭は惰性で動き続けているだけだ。その回転が収まったとき、自分は眠りに歓迎されるのかもしれない。すべてが静止した状態にうまくなじむのかもしれない。
 今、自分は眠いのだろうか、と考える。布団の中に入り、なにもしなければすぐに眠りに入れるだろう。でも眠くはない、眠りたくないと考えている自分もやはりそこにはいる。だいいちあんなに退屈なゲームをひたすらやり続けてまで眠りを拒否したのだ。眠りというのは、いつまでたっても理解できない。求めているのか拒んでいるのか、常に正確に把握できないようだ。ただ今、この瞬間は――眠りたいと思っている。そう男は判断する。ただし目は閉じない。布団の中ではないから。
 そして男は窓の外を眺め、周りの風景へ鈍感に意識を巡らせながら、目を開き続ける。電車は動き、窓の外では風景が動く。


――


 立ち並ぶ建物。それらの上に彼女は立っている。
 電車のスピードではすぐに彼女の姿は見えなくなってしまう。しかし、次々に彼女は現れる。新しい建物の上に。
 距離は遠い。いや、様々だ。線路沿いの建物の上にも、遠くの高層のマンションの上にも現れる。
 それでも彼女の姿ははっきりとわかる。彼女は常に俺を見つめている。
 俺は彼女と目が合っているのだ。
 彼女は俺を安心させるように笑っている。俺も楽しくなって、笑う。
 親密に笑ったまま、彼女は俺に向かって銃を構える。
 俺はうまくコミュニケーションをとれていることを自覚する。
 こんなに離れていてもコミュニケーションはとれるんだ、そう俺は思う。
 あたりまえだよ、と彼女は言い、銃を撃つ。
 遠くから放たれた銃弾は、正確に俺の眉間を捉える。
 俺は綺麗に死んでしまう。


――


 気がつけばこのイメージが頭の中に作られていた。このイメージは何度も頭に浮かんでいた。昨日今日のことではない、自分はこれを見るのに慣れている。飽きることなく繰り返してきた。おそらく今後も何度も現れるだろう。
 まあ確かにそうやって死ぬのは悪くないなあ、と男は思う。感想はそれだけだ。
 ただ、このイメージが、頭の中と電車の窓と線路沿いの建物の上で繰り返されるのを見るだけだ。

 また電話が短くふるえた。エロダイレクトメールはどうしてこんなに早いんだ?と男は思いながら、電話を取り出す。

-------------------------
title<>
眠いよ。
-------------------------

 友人からだった。ダイレクトメールではなかった。
 俺も眠いよ、と男は思う。少しうれしくなったことを、男は自覚する。でも俺は仕事だよ。だらだら仕事し続けるよ。半分眠ってても出来る仕事だよ。だから我慢するよ。死ぬほど面倒だけどさ。
 男はそう思い、電話をポケットにしまう。









_