おんなごころと




ササキヒロユキ






「なあ。どうか、した?」

どうも様子がおかしいような気がして、僕は屋上に優子を連れだした。
優子は僕の彼女で、付き合い初めてまだ3週間くらいしか経っていない。
僕の幼馴染みの真由美と彼女が友達で、それがきっかけで知り合った。
最初は学校で話す程度だったのが、
休みの日に3人で遊びに行くようになって、
いつの間にか僕たちは付き合うようになっていた。

はたから見ても僕らはとても仲の良い恋人達だと思う。
まさに人も羨むって感じだ。
それなのに、それなのにだ。
なんだかよくわからないけれど、
どうやら彼女は虫の居所が悪いらしい。

「別に。どうもしないわよ」

その冷静な口調がかえって彼女の怒りを表していて、
付き合い初めて以来、初めてのケンカになりそうな雰囲気に
僕はどうすることもできずにいた。

それにしても、理由がよくわからない。
お昼休みに僕と彼女と真由美と3人で話している時に、
なぜか急に機嫌が悪くなってしまった。
残念ながらというかもちろんというか、思い当たるフシは無い。
これといってマズイことも言ってないと思う。たぶん。

女心となんとやら、ってやつですか。

その秋の空はとても澄み渡っていて、
とても綺麗だと思うんだけど、
あまりに綺麗過ぎてかえって寒々とした印象しか読みとることが出来ない。

これじゃあ優子とまるっきり同じじゃねえかよ。

僕はそれっきり黙ったままの彼女に対しておずおず、といった感じで口を開く。



「あの、さ」

「なに」

「なんかお前、怒ってる?」

「別に。怒ってないわよ」

「だからその口調が怒ってるんだってば」

「そんなことないわよ」

「そんなことないわけないだろ。突然態度変えるし。てか冷たいし」

「そう? そんなつもりは無いけど・・・」

「ないけど、なんだよ」

「ただ、どういうつもりなのかなって思って」

「何が?」

「ああいうこと、平気でできちゃうんだなって」

「ああいうこと? 何だよ、教えてくれよ。俺、なんかしたんなら謝るからさ」

「なんかしたんならって。心当たり、無いの?」

「さっきから考えてるんだけど、よくわからない」

「じゃあ、あれはあなたにとって全然なんでもないことなのね、きっと」

「だから何がだよ」

「さっき、昼休み」

「うん」

「真由美の髪、触ってたでしょう」

「え、そうだっけ? あー、髪触ったっていうか、頭撫でたかな。そう言われれば」

「だから、裕幸は彼女の見てる前で、他の女の子の頭を、平気で撫でちゃうような、そういう人なんだねって」

「あ、なに。お前、それで怒ってんの?」

「だから、別に怒ってないってば。ただ、なんで真由美の髪触るのよ、って思ったら、その・・・」

「や、でもさ。真由美、そんな嫌がってなかったと思うけどな。いつものことだし」

「だから、そのいつものことってのが気にくわないの。真由美が嫌がるとか嫌がらないとか関係ないの。とにかくあんたが他の女の子の髪触ってんのが気にくわないの」

「いやだから、えと、それは、その」

「なんで真由美なのよ。どうしてあたしじゃなくて他の女の子なのよ」

「それは、お前、その、なんだ」

「何よ」

「やっぱ照れくさいじゃん」

「照れくさいって、あんた平気で真由美の頭なでたりしてるじゃない」

「や、だから。真由美はその、幼馴染みだから女として意識してないっていうか、家族みたいなもんだから、別になんてことないんだ。だけどお前だと、ほら、その、彼女だし。周りの目も気になるし」

「そんなのどうでもいいじゃん。人が何言ってようと関係無いでしょ」

「って言ってもさ。やっぱり、こう、恥ずかしいわけですよ」

「あっそ。裕幸、変なトコでシャイだよね」

「悪かったね。これからはなるべく人前でお前の頭撫でられるように努力するよ」

「なんでそうなるのよ。そんなこと言ってるんじゃないの」

「じゃあなんなんだよ」

「なんでもないわよ。あんたが真由美の髪触ってんのを見てたら、なんかムカついたの」

「やっぱ怒ってんじゃんか」

「うるさいなあ」

「じゃあ、ほら、今はその、周りの目も無いということで」

「何よ」

「お前の頭を撫でたいというか、こう、髪を触りたいなあとかね」

「うん」

「思うわけですよ」

「もう、しょうがないなあ。なんかあからさまだけど。良いわよ、特別に触らせてあげる」



二人は金網のフェンスに寄りかかるようにならんで座り、
そして僕は彼女の髪に触れる。
綺麗に揃えられたその髪は、黒くてつやつやしていて、
とてもサラサラしていた。
僕は幼い子供にそうするように、彼女の頭をゆっくりと何回も撫でる。

きっと、こういうのを愛おしいって言うんだろうな。

僕はぼんやりとそんなことを思いながら、彼女の髪を触り続けた。



「ねえ」

「なに?」

「ひとつ、お願い」

「なにさ」

「もう、真由美とか他の女の子の髪、触るのやめて欲しい」

「どうして?」

「どうしてって、そんなの決まってるじゃない」

「だから、どうして?」

「だから、それは、その」

「それは、その?」

「あんたにこうやってしてもらってるのをね」

「うん」

「他の子に渡したくないな、って思って」

「そっか。そうだね」

「これはあたしだけのものだよ、って言いたいの。それこそテレビ番組みたいに、ここから大声で叫んだっていいわ」

「あはははは。うれしいけど、さすがにそれはやめてほしいな」

「それはまあ冗談だとしても、他の子には」

「わかった」

「本当はね、話したりするのだって嫌なんだよ」

「って言われても。まさかそういうわけにもいかないだろ」

「もちろんわかってる。そんなことはわかってる。けど、気持ちとしては、って話」

「うん、そうだね。僕だって、優子が他の男と話してるのを見るのは嫌だな」

「だからといって、あたしだって他の男の子と全然話さないわけにもいかないでしょう」

「そうだね」

「だから、せめて、髪の毛を触ったりとか、そういうのはやらないで欲しいと思う」

「ごめんな。俺、ちょっと無神経だったな」

「あんた、女の子、本当に好きだもんね」

「そういう言い方ないだろ」

「でもそうじゃない」

「まあ、そう、かな」

「束縛だってとられるとやだけど、できれば、そうして欲しい」

「まあ、頭撫でたりするのはさすがに真由美だけだけどな」

「うん、そうだよね。でもね、いくら真由美でも、それはやっぱりいやなの」

「わかった。もうしない」

「誰か他の女の子を触った手で、あたしを触って欲しくない。あなたのその手はあたしだけのものであってほしい。わがままって思うかもしれないけど、それがあたしからのたった一つのお願い」

「うん、約束するよ」

「絶対、だからね」

「うん、絶対」



いつの間にか空は朱みを帯びていて、
寒々とした印象から、少しだけ暖かみを増したような気がした。

やっぱり優子と同じだな。

僕はぼんやりとそんなことを思いながら、
いつまでも彼女の髪に触れ続けていた。