後記
 
 

 小説を読む時、私はいつもその物語の主人公になる。感情移入出来ない話は、他の誰もがどんなに高く評価しても、私にとってはただの駄作だ。
 私が好む小説の傾向として、「身近な物語」というのがある。時代背景や人物設定は必ずしも奇抜である必要はない。日常に転がる小さな出来事をテーマにしたような物語が一番感情移入出来るから好きなのだと思う。

 私は最近、通勤電車で必ず本を読む。以前は携帯電話を使って執筆していたのだけれど、医療器具の関係やマナーの問題で今はもうそんなことも不可能になった。小説を書くくせにここのところ本など滅多に読まなかった私は、移動時間中することがないという理由で再び本を読み漁ることとなった。
 ある小説のあとがきににこんな言葉を見つけた。
『身近で日常的な小説であるほど、書くのは難しい』
 確かにそうなのだ。日常を日常のまま書こうとすると、起こったことを並べるだけの日記になってしまう。

 日常をどんなスパイスを使っていかにおいしく料理するかなのだ。私はいつもどんな珍しい食材を使うか、どれだけ高級な食材を選ぶかに心を砕いていて、冷蔵庫や野菜箱に常備してある食材で人々を唸らせる料理を作ろうという努力を全くしていない。
 日常的な物語の方が感情移入出来ていいと言いながら、その実自分が書く物語はちっとも日常的ではないこの事実に愕然とする。私にはまだその技術はないから、人目を引く素材を使わないと料理が出来ないのだ。
 いきなりはとても無理だけれど、少しずつでも腕を上げて、素朴な素材を使った自分の料理を食べて唸れるようになりたいと思う。

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 佐藤由香里です。
 過ごしやすい季節になりましたね。けれど、日中と夜の気温がまだ激しいようなので、風邪を引かないように気をつけましょう。私は風邪気味ですが。




東京文芸センター Vol.43

執筆 :朝倉 海人
越前谷 千
佐藤 由香里
藤崎 あいる
後記 :佐藤 由香里
構成 :岩井市 英知
監修 :東京文芸センター