夜と朝の境い目に、
またはデウス・エクス・マキナ




原田 優一






(A) 煙草の青い煙が流れていく。流れていく方向、その先は常に今よりも一瞬間だけ、先。(そっちが未来の方向ってわけ、意外にも簡単じゃないか)その煙がゆらゆらと漂い、形を変えながら僅かに開いた窓から出て行って消えた。
 ぼくはそれを目で追ってから、右手に持った本に戻ったわけだが、文字がバラバラに見えてしまってまったく意味を掴めない。それで、しかたなく左手に持った本を読み出した。
 変な読み方!あなた、かなり変わってるわよ、知ってる?自分で?気付くと彼女が僕の後ろに立って、眠そうに目をこすりながら言う。おやおや、お姫様お目覚めですか?しかしよく寝てたね。起きたついでに、ちょっとこれ消してもらえる?くわえた煙草を揺らしながらぼくは言った。バッカみたい、そんな読み方してちゃんと意味わかってるわけ?ううん、まったく、ぜんぜん。でも、わざとなんだ。
 彼女はぼくの横に寝転がって、顔を見上げながらもう一度繰り返して言った。ほんっとバカみたいよ。だから、わざとなんだって、だってさ、普通に一冊ずつ読むとね、妙に全部が全部、辻褄が合ってて、リアルじゃないでしょ?なんか違うよってさ。だから、混ぜて滅茶苦茶にしてるんだ。それでね、ほら、うまく言えないけど、ん?聞いてる?

(B) 返事はない。彼女は体を丸めて、小さな寝息をたてているのだった。

(P) 空はいまや朝の一瞬前で、痛々しいほどの純粋な透明さが満ちていた。窓を開けベランダに出ると、視界の遠くを音もなくオレンジ色の電車が右から左に走り、黒く見える鳥が何羽か群れて飛び去って行った。それを最後に、動くものはもう何もなくなり、そこにあったのはまったくの青い世界。包み込まれる感覚(外的な閉塞、内的な開放)を感じながら、突然、ぼくは何の前触れもなく、ここではない、しかし、どこでもない場所に、まるっきりの独りぼっちになった気分でいた。

(Q) 例えば、今のように瞬間を区切るものがなくなったと感じる時に残る圧倒的な静けさや、痛みに近い、つまり冷たさに似た感覚には、物語にあるようなそんな空虚な終わりなんてないのだ。
 そんなことを考えながら、ぼくは煙草に火をつけて煙の行く末をぼんやりと見つめた。未来の方向を、なんとなく確かめてみたくて。

(Z) ほら、続いている