もう一度、と彼は続けた

上松 弘庸

もう一度、と彼は続けた。もう一度言ってくれないか。僕の分かるように。そして、君にも分かるように。そう、君は何も分かっちゃいない。

君は良いとしても、それじゃ僕がダメだ。何故なら、僕は君ではないのと同じだからさ。だけど、それも良いかもしれない。だって僕が君だったら、世の中がこんなに辛くないだろうし。ねぇ、辛いだろう?

僕には君が見えないよ。だって、波長が違うもの。

でも、と僕は続けた。

で、それがどうかしたんだろうか?そう。それは何もしないのと同じ。僕の言葉は君には届かない。

僕が見えるものは、本当にごく一部なんですよ。だからさ、波長。僕は波長を見ている。長過ぎる波長も、短過ぎる波長も僕には見えない。君にも。

短いとなんになる?X線とかγ線さ。だけど心配する事はない。長くても電波になるだけさ。ずっと昔、赤と青と緑しか見ない事に決めたんです、僕は。

君に見られていると、僕は愉快だなぁ。

だ、か、ら。

僕には君の姿を見る事ができないって言った。ついさっきだよ?僕には君を見る事ができない。

赤も?

そう。赤も。

赤は赤以外の色を食べちゃうんだ。でも、赤は赤を食べる事ができない。そして、赤は赤を吐き出す。全世界が赤で染まるのさ。

青は?

君は一体何を言っているんだ?
 青も赤も、黄色も茶色もピンクも白も黒も同じじゃないか!

赤も青も見えているんじゃないの?そう言ったじゃないか。それに、白と黒?まるで話にならないし次元が違う。空間の3つのベクトルに時間と波長を組み合わせる。5次元の世界さ、そこは。つまり、波長にその場を奪われ、意味を失った色は全て消え去る運命だったんだ。

ところで君は、意志が6本目のベクトルになる事が可能。そして、僕は不可能。

君の概念は形を失っているからね。言葉遊びさ、まるで君の言葉は。だって君は、概念が形を失っているんだもん。形のない君の概念は、宇宙線と一緒くたになって僕の体をすり抜けている。僕にはそれを理解する事は可能さ。でもうまく認識できない。君の言葉が存在するとすれば、そこは僕のいる世界とは違う世界なんじゃないだろうか。

或いはそうかもしれないが、僕にも君の言っている事がうまく認識できない。

認識してくれなんて言った覚えはない。君はただ理解してくれればいいんだ。だって君はロボットじゃないか。プログラムのエサが欲しいのかい?

エサ、クダサイ。

今宵はバグという名の取って置きのプログラム。なんて甘美な響き。作られた世界で唯一の快楽。それは狂っているという桃源郷。幻か、或いは真実か。

エサ、クダサイ。

よいかなよいかな。