100円ライター



たもつ






普段必ず見るはずの天気予報を今朝は見なかった。珍しく寝坊をしてしまい、歯磨きと、洗顔と整髪をしたら、天気予報を見ている余裕が無くなっていた。なんで見なかったかなぁ。帰り道のバス停でしゃがみこみ、雨宿りをしながら後悔をした。

バス停には老婆と作業着の男と年の近そうな学生服の女が居た。雨はいっこうに止む気配は無く、僕の足は貧乏ゆすりだけを繰り返していた。老婆がこちらを見てしかめ面をしていたのは、きっと貧乏ゆすりが気に入らなかったからだろう。僕は、タンも絡んで無いのに唾を吐くと、少し学生服の女を見た。女はジャラジャラと色んなものをぶら下げた携帯電話をしきりに弄っていた。小柄で痩せ型で、顔も悪くは無かった。だらしなく口を開けて女を見ていたら、ふと目が合ってしまい、びっくりして思わず目をそらしてしまった。貧乏ゆすりの振動は余計に増え、作業着の男がこちらを見て舌打ちをした。

少ししてバスが来た。老婆と作業着の男がバスに乗り、そこには僕と女だけが残った。あぁこいつも雨宿りか、良くわからない期待を胸に女に視線を送ったが、彼女の視界には携帯電話の液晶しかうつっていなかった。雨はあいかわらず止みそうも無く、貧乏ゆすりはどんどんひどくなっていた。

折角のシュチュエーションだ。出会いだ。これも出会いだ。仲良くなりたい。なんか話しかけなきゃ。でも何話すんだ。初対面だからなぁ。変な事喋ったら変な人って思われるしなぁ。黙っとくか、あぁでも。雨すごいですね。なんで敬語なんだ。雨すごいな。なんかちょっと偉そうだなぁ。雨すごいよね。んん慣れ慣れしいなぁ。雨、雨、


「ねぇ」


「ハ、ハイ」

突然女に声をかけられた為、僕の声は裏返ってしまった。


「あのさ、ライター持ってない?」

僕は慌ててポケットからライターを取り出すと、女に渡した。彼女はバッグから煙草を取り出して咥えると、慣れた手つきで火をつけた。

「ふぅ、ありがと」

「あ、いや、ぜんぜん」

僕も思い出したようにポケットからマイルドセブンを取り出して、口に咥えて火をつけた。深々と吸って、気持ちをリラックスさせて、さぁなんか話しかけようと思って口を開こうとし

「あ、雨止んだよ」

「え、あ、ほ、ほんとだ。すげぇ」

「あはは、何がすごいのよ」

「は、はは、ほんとだね。ははは」

「はは、変な奴っ、そいじゃ雨も上がったし帰りますか。ライターどうもね。」


僕はニコニコしながら去っていく女に手を振っていた。彼女の後姿を見えなくなるまで目で追っていた。貧乏ゆすりも知らぬ間に止まっていて、何気なく又たばこを咥えて火をつけた。


気がつくと又雨が降り始めていた。僕は鼻歌まじりに歩き出した。



(終わり)