御利益と箪笥




朝倉 海人






場所:とある郊外の集落
時:江戸の中頃

主な登場人物:太郎リス
          次郎リス
          農民


(幕が上がる)

太郎と次郎は冬に向けて、食料集めに勤しんでいる。近頃、溜まった木の実を収納する場所が手狭になり、新しい場所を探している。二匹は椎の木の枝で話し始める。

太郎「次郎さん、次郎さん」
次郎「はい、太郎さん。どうしましたか」
太郎「今日はとても素晴らしい収納場所を見つけました」
次郎「ほうほう。とても素晴らしい場所ですとな。それは一体どこでございましょうや」
太郎「それでは私についてきてください」
次郎「はい。ついて行きましょう。ついて行きましょう」

太郎は次郎を見やると、目で合図をし木を駆け下りる。次郎もそれに続き駆け下りる。

(場面転換)

木造の平屋。所々朽ちており今にも崩れそうな家。屋根から柿の乾物がぶら下がっており、玄関前には草鞋が無造作に脱ぎ捨てられている。
開けっ放しにされたままの玄関の扉の前に、桐箪笥が置かれている。

二匹が上手より登場、その箪笥の前で立ち止まる。

太郎「次郎さん、この箱をご覧なさい」
次郎「太郎さん、この箱は変わっておりますね」

箪笥を見回す次郎

次郎「しかし太郎さん、この箱は入れる場所がありません」
太郎「次郎さん、すぐに諦めてはなりません。こうするのです」

一番下にある取っ手を引く太郎。すると、箪笥の一番下の段が開けられる。

太郎「どうです。これは閉めることができるのです。これで木の葉まみれになったり、雪に埋もれてしまうこともありません」
次郎「これは素晴らしい。土に埋める必要もないのですね。是非、この箱を使いましょう」

二匹はお互いの顔を見ると、頷き合う。そして自分たちの木と桐箪笥の間を何往復もし木の実を箪笥にしまい始める。
夕方前、二匹はひとまず作業を終え、その場を離れる。
二匹がいなくなり少したつと、百姓姿の男が家に帰ってくる。玄関の前にある箪笥が開かれていることに気づいた男は桐箪笥に近づく。

農民「おぉおぉ。これは一体どうしたことじゃ。引き出しの中に木の実が山ほど入っておる。あまりの貧しさに見かねた誰かがくれたのやもしれぬ。しかし一体誰がそのようなことをするだろうか」

農民はその場を往復し、考え始める。しかし答えが見つからない。

農民「まぁよい。この木の実は家の中にしまうとしよう」

男は持っていた鍬をその場に置き、両手一杯に木の実を抱え、家の中に入る。

(次の日、早朝)

二匹のリスが桐箪笥の前にやって来る。しかし昨日入れたはずの木の実が無くなっている。驚いた二匹はお互い言い合う。

太郎「次郎さん、見てくれ。木の実が全て無くなっておる」
次郎「本当じゃ。綺麗さっぱり無くなっておる」
太郎「これはどういうことだろうか。次郎さんはわかるかい?」
次郎「さてさて。何とも考えつきません。もしや、この箱が木の実を全て食べてしまったのやもしれません」
太郎「まさか。この箱は生き物であったか。ならば私らの木の実は食われてしまったのだな」
次郎「これほどの大きな体なのだから、木の実を全て食べてしまっても不思議ではないですね」
太郎「次郎さんこうしてはどうでしょう。こいつがどれだけ木の実を食べられるか試してみませんか?」
次郎「いいですね。いいですね。試しましょうとも」

二匹は木の実を箪笥の引き出しの中に入れ始める。

太郎「せいやっさ。せいやっさ」
次郎「せいやっさ。せいやっさ」

一番下の引き出しに、溢れるほどの木の実が入れられる。気がつくと太陽が沈む頃だった。慌てて二匹は巣のある木に帰る。

農民が登場。畑仕事から帰ってきたところで、男は少々疲れている。背伸びをし、首を回す。

農民「今日も働いたのう」

クッともう一度背伸びをし、目を箪笥にやると、また木の実が入っているのを見つける。

農民「何と! またもや木の実が入っておる。これは一体どういうことじゃ」

男は驚きのために腰が砕けそうになる。

農民「もしや、霊の祟りではなかろうか」

男は目の前の事実を中々受け入れられない。嫁入り前に亡くなった娘の祟りではないかと怖れ始める。 そこで、隣り村に来ているという僧侶を呼ぶことにした。この僧侶は霊感が強いとの専らの評判だった。男は隣村まで走り、僧侶を呼びに行くことにする。

(場面転換)

僧侶登場。僧侶は箪笥を見るや否や経を唱え始める。

農民「僧侶さま、あの箪笥が先ほどお話しした箪笥です。木の実が溢れてくるのでございます」

農民は恭しく僧侶に言う。僧侶は農民を一瞥し、箪笥をジッと見る。

僧侶「これはいけない。成仏できなかった娘の無念が溢れておる」

僧侶は威厳をこめて言う。左手に持っていた杖をドンと地面に突き、再び経を唱え始める。
太郎、次郎登場。僧侶と農民の様子を木の陰から窺う。

太郎「次郎さん、次郎さん。あれをご覧なさい」
次郎「何とまぁ。私たちが悪霊になってしまいました」
太郎「悲しいことです」
次郎「えぇ、えぇ、太郎さん、悲しいことです」

僧侶は経を唱えながら、初めての事態に戸惑い始める。箪笥から木の実が溢れるなど聞いたこともなかったが、面子のために戸惑いの顔は見せない。

僧侶「良いか。お前は娘をきちんと弔っていないのだろう」
農民「へぇ。でも僧侶さま、朝晩にきちんと手を合わせております」

僧侶は農民の返答に憤るが、いつも言うことを構わず言う。

僧侶「良いか。この木の実は、娘が腹が減ったというのを訴えておるのだ。お前は手を合わせるだけで、供え物をやっておらんだろう」
農民「へぇ。でも僧侶さま、うちはその日暮らしの貧乏人でして、毎日供え物をするほどの余裕がありませぬ」

農民の遠慮無さに僧侶はすぐには言葉が出ない。
僧侶「では、私を三日三晩食事をもてなしなさい。金がないのであれば隣近所に借りてでもそうしなさい。そうすれば、娘の霊も安心して成仏いたすであろう。それも出来ぬのであれば、最早娘は永遠に現世を彷徨うことになろうぞ」

農民とのやり取りを早く終わらせたくなった僧侶は語気を強め、農民に詰め寄る。
僧侶が農民に詰め寄ると同じ時に二匹が現れる。

太郎「せいやっさ。せいやっさ」
次郎「せいやっさ。せいやっさ」

二匹は木の実を桐箪笥の引き出しに詰め込み始める。

農民「そ、僧侶さま、これは一体……」

あまりのことに言葉を失う僧侶。しかしすぐに我に返り、リスを追いかける。

僧侶「こりゃー! この悪リスが!」

二匹のリスと僧侶が舞台から走り去る。
一人取り残された農民は呆気に取られた顔をして、その場を動けずにいる。

(幕が下りる)