ご用心




朝倉 海人






 テンツクテンテンツクツクテンツクテンテンツクツクテンテンツクテンテンツクツクテンツクテンテンツクツクテン。

 皆様、お晩でございます。今日も一日お暑うございましたな。おおっとお客さん、いくら暑いからってそんなところで脱いでもらっちゃ弱っちゃうなぁ。今から俺が喋ろうっていうのに、そんな態度じゃ困りますよ。
 あぁ、駄目駄目、舞台によじ登ろうとしちゃあ。ったく、最近の客は油断も隙もあったもんじゃないね。こら、止めろ何するんだ。おいこら。

 みどり亀は昨日、朝早くに近所の八百屋に出かけた。いや、あれはみどり亀だったのだろうか。もしかしたらみどり亀に似た新種の動物だったかもしれない。何にせよ出かけた目的は、最近はまっているレタス。新鮮なやつはパリパリして美味しいらしい。
 その八百屋に行く途中に少し大きな公園がある。夏休みの時期はラジオ体操の音楽が響いていたり、ゲートボールに励む老人たちの声がしたりと、何かと賑やかな公園だ。
 その公園にみどり亀は来ることを楽しみにしている。ころころ転がる赤玉の行方をジッと見ていると、その玉はどこか彼方へ意思あるように転がっていった。

 真っ逆さまに落ちていく。落ちていったら終わりです。昨日の敵は今日も敵、いつか見たような激しい雷雨。雷雨は亀めがけて降り注ぐ。敵意剥き出しの雨粒が、甲羅を無数に飛び跳ねる。亀にとったら味方のはずの雨ですが、今日の雨は何かが違います。
 今日が季節の変わり目だから? はてはて今日は何日だっけ? せっかくビニル袋に入れてもらったレタスも、涙顔になっています。
 亀は突然の雷に驚いてひっくり返ってしまいました。視界の天地が逆転してしまい、手足をバタバタさせています。その間中も腹には容赦なく雨粒がぶつかってきます。痛い痛い。
 天地が逆になった亀は諦めたらしく、抗うのを止めましてそのままの体勢でいました。歩いている人間は皆、逆さまなのでなんとなく面白い楽しい素敵な発見をしたような気分が心の奥底からジワッとあふれ出てくるではありませんか。亀は当初の目的であるレタスを味わうことすら忘れてしまいました。

「これは大変だがや」と、自らを大人だと言い張る一人の青年が亀を見て言うのだ。何が大変なのか? と自問してみたものの、「あのままじゃ、いかんて」という意味不明理解不能の言語により自らを納得させようと必死である。亀は確かに逆さまである。畢竟、このままだと亀は死ぬのだというのが青年の主張なのだ。まさしく現代青年における思想の早熟性、もしくは狭さを物語る良い例だと言わざるを得ないだろう。
 まずはその亀が果たして助けを求めているのか? ということから我々は考えなければならないのだ。援助は偽善に結びつきやすい。偽善が悪と同義なのかはともかく、自己満足に完結する援助は許されるはずもないだろう。相手が求める支援をして初めて援助が成立するのである。
 青年にはその部分の考察が足りず、短絡的な発想により、「亀を助ける」という結論に辿り着いたわけである。これは現代の大学教育もしくは高等教育の不完全性に要因があるわけで、この青年のせいではない。彼は言うならば被害者であり、換言すれば、あの仰向け状態の亀と同じなのである。

 難しいことはよくわかんないんだけど。だって、私まだ十六だし。成績は……自慢じゃないけど、英語だけはいいのよ。もうね、ペラペラなわけ。この前、ケアンズに留学もしたしね。外人の友達も多いわけ。日本人なんてつまんない。これからはワールドにね、やっぱ白人はいいわ。なんたって優しいからさ。日本なんてダサいんだよねぇ。
 昨日、惠美がね。まぁ、惠美っていうのは、おな中の子なんだけどさ。コンビニの帰りに財布落としたらしいのよね。超かわいそうじゃない? 二万くらい入ってたらしいんだけどさぁ。二万つったら大金じゃん? 泣けるよねぇ。

 都通りってあるじゃないですか? そこを通って毎日大学に通ってるんですけどね。昨日は雨だったじゃないですか? だから大変だったんですよ。歩いてる途中で降るんだもん。慌てましたよ。
 山の手っていうんですか? 高級住宅地みたいな。ああいうのあるじゃないですか? そこの公園で亀がいたんですよ。ひっくり返って。驚きって言うんですかね? それよりもまず、「助けなきゃ」と思いましたね。だって亀ってひっくり返ったら起きあがれないでしょ? 亀助けるといいことあるって言うじゃないですか。まぁ、そういうのもあって助けたんですよ。
 近づいてみると、ひっくり返った亀の側にオッサンがいたんですよ。みるからにサラリーマンっていうんですか? そういう感じの。ひどいっていうか、そのオッサンじっと亀見たまんま助けようともしないんですよ。なんて言うか、俺って正義感溢れるっていうか。動物好きなんですよね。だから見捨てることなんて出来なくて、慌てて駆け寄りましたよ。
 そしたら、オッサンはシブーイ顔してどっかに行っちゃいましたよ。ああいうのに限って、「近頃の若者は」とか言うんですよね。

 ひぃひぃ。あいつらひでぇことしやがる。
 ほら、帰った帰った。何勝手に舞台に上ってきやがる。ったくよ。こちとら商売あがったりだぜ。もう、時間がねぇじゃねぇか。何? 亀? しらねぇよ。
 ……ごほん。話は噛めしめるほど面白い。なんっつって。
 あ、こら、何しやがる。幕閉めるな! こら!
 テンツクテンテンツクツクテンツクテンテンツクツクテンテンツクテンテンツクツクテンツクテンテンツクツクテン……。


  (了)