光≒闇



永瀬真史




 映画を見た。その映画はいわゆるアイドルが主役を演じる映画で、そのアイドルのファンが映画館の大半を占めていた。館内は600円ほどで売られている出演者の感想と映画の場面を印刷しただけのパンフレットを見て雑談をする若者で溢れていた。所々に保護者としてついて来たのか中年の男性が見られる。あくびをして鼻をぼりぼり掻いていていかにも退屈そうである。その映画は前半は何を表現しているのかまったくわからない映像が続いていて、ただただ俺の眠気を誘うだけだった。後半に近づくにつれて少しずつ映画の世界に引き込まれていってこれからどうなるのかという所であっけない終わり方をしてしまった。

俺は納得が出来ないまま映画館を出た。2時間の映画にまとめるため短くしたみたいな感じでどうもすっきりしない気がする。俺は髪の毛を掻きながら繁華街を歩いていた。前には同じ映画を見ていたと思われる女の子二人が主演のアイドルについて話していた。テレビと雰囲気が違うだの、あんな役を演じて欲しくなかっただの大声で喚きながら歩いている。まわりのことを考えない愚かな奴らだと思った。他人が自分をどう見ているかなんて考えもしないのだろう。気にした様子もなくすれ違う奴もいるが、うざったそうな顔をして通り過ぎる若者もいた。俺も正直うざったいと思いながらしばらく歩いていたが、歩くペースが遅いので彼女達の横を早足で追い抜いていった。このまま家に帰るのも何かつまらない気がしたので少し春物の服でも見てから帰ることにする。

駅ビルの一角にある洋服店を覗いてみる。その店はシンプルなデザインと安さが売りの店で、わりと高年齢の人もよく利用している店だ。商品の入れ替えが多いので頻繁に店に行かないと自分が目をつけていた商品がなくなっていることも少なくはない。しばらく自分の好みに合った服がないかと探していたが、今日は特に見あたらないし所持金も服が買えるほどなかったので街中をぶらぶらして帰ることにした。

エスカレータに乗って駅に繋がる道へと向かう。俺の前に一組のカップルが並んでいた。女が一つ上の段に上り男の方を向いている。顔を見つめ合ってなにやら小声で話している。俺からすれば考えられないほど顔を近づけて微笑みあっている。その様子をまともに見ていると、恥ずかしいようなそれでいて憎しみに似た感情を抱いたので俺は少し上を見ながらため息をついていた。微笑みあっている男と少し目があった気がした。あくまでもそんな気がしただけなので本当に目があったのかはわからないが、その後そちらの方を見るたびに俺に見せ付けているような感覚を受けたので、上りのエスカレータに乗る人の様子を見ていた。中年の女性が2人で世間話をしている様子や一人で買い物に来た女性が何か考え事をしながら上がって行く様子が目に入った。3階に着き、2階へと下がるエスカレータに乗り換える。乗り換える途中で友達同士で買い物に来たらしい女の子二人組が俺の少し前に割り込んできた。その二人も何かを話している様子だった。

俺はエスカレーターですれ違う人の顔を見る。どれもこれも口が動いている。俺の頭の中で喋り声が無数に鳴り響く。いつしかそれは俺へ向けられている罵倒の声に聞こえてきた。俺の脳裏に浮かぶ無数の口がおしゃべりを続ける。それはただパクパクと動くだけでなく、時には笑みを浮かべ無気味な笑い声を上げる。何回も木霊して頭の中に響く。
――その様子は何かに似ている様な気がした。男の子のまわりを取り囲む複数の子供。その子供の口はパクパクと動いていて僕に何かを叫んでいる。男の子はそれをただ黙り込んで聞いている。子供達は何かに腹を立てているようだった。次第に男の子へ暴力を加えてくるようになる。男の子は必死に耐えている。ただされるがままに膝を抱えて泣いている。――
俺は酷い嫌悪を感じていた。知らず知らずのうちに小刻みに震え出していて固く握った手のひらは湿っていた。このままではいけない。おかしくなってしまいそうだ。俺はとっさにポケットに仕舞い込んでいたMDプレイヤーのイヤホンを耳へ押し込んだ。リモコンの再生ボタンを押すと流れてきたのは激しいロック。この世界を矛盾だらけの世界だと歌っている。俺はその音楽を聞きながら駅前に止めた自転車に乗った。


俺は映画の最後のシーンを思い出していた。車道沿いに自転車をこぐ主人公が反対車線を猛スピードで走るトラックに突っ込んでいくシーンを…