届かない耳、発さない口




藤崎あいる













8/17 - 8/31








2002/08/17(土)
谷村があたしを強く強く抱き締める。月曜日まで、谷村はこの家に泊まる。あたしは息苦しくなって、咳をした。谷村とのセックスなんて、お金と寝ている感覚しかない。





2002/08/18(日)
あたし、マシーン化してる気がする。





2002/08/19(月)
まとめた荷物を持った。家族で撮った写真も勿論。谷村に35万円貰う。「いいトコロに住ませてくれてありがとう」と言うと、こちらこそ、と谷村は笑った。今日からまたあたしは帰る場所がなくなった。ハッチに行って、ココから引っ越すことを話した。蜂谷さんは、「引っ越し先を教えて。わたしの電話番号はココにかいたから」と言ってメモ帳をくれた。シンヤに携帯で連絡すると、綾香ちゃんに会いたいから明日図書館にきて、と言われた。





2002/08/20(火)
朝、コインロッカーにあたしの荷物をいれてから、図書館に到着するとそこにすでにシンヤは立っていた。青いシャツを着ていた。空の色に似ていた。あたしは久々に会うシンヤが眩しく見えた。
「久しぶり。元気?」
シンヤはニッコリ笑った。あたしもそれにつられて笑う。暑いから、図書館の中に入る。冷房が程よくきいている。夏休みの宿題をかかえた学生が沢山居たが、静かだった。シンヤは見たい本があるから、と言ってそれを探す。あたしも一緒に探した。
「あたしね、引っ越すの」
「どこに引っ越すの?」
「まだ、それは聞かないで」
図書室の静寂は、あたしとシンヤをおさえつける。シンヤとそれからカフェに言って話をした。





2002/08/22(水)
公園で野宿。それでもあたしは耐えられる。しばらくホームレス。
ひとり客を拾って久々に金を稼ぐ。嫌な客だった。






2002/08/23(木)
銀行に貯金する。35万円と、昨日稼いだ6万円。貯金はいつの間にか大分たまってきている。70万円。あと30万で100万円。6人くらい相手にすれば、すぐ。





2002/08/24(金)
コエがかかって、ついていく。また嫌な客だったけれど、少しの我慢。5万円。





2002/08/25(土)
昔の知り合い(クラスメートだった男。だけどあまり話はしたことがない)に会ってしまった。むこうはあたしを見るとにやつきながら近寄って来た。

「援交して退学になったってマジ?」
「あたし、学校にいってないだけよ」
「ふーん。でも売ってるのは本当だろ。俺にも売ってよ」
うらないよ。あんたには。あたしは、その男を無視して歩き出した。あたし自身を売っている。あたしは、娼婦だ。他の奴らからああやってバカにされるのはムカつくだけで、一向に構わない。だけど、シンヤにだけは言えない。そして、今日も仕事をする。





2002/08/26(日)
シンヤに会いたい。お金と寝ながら、考えるのはシンヤのことだけ。





2002/08/27(月)
ホームレス生活8日目。今日は雨が降っているから、公園なんかじゃ寝られない。誰か、あたしとホテルに泊まってくれるヒトを探す。これから。





2002/08/28(火)
朝はカロリーメイトのチョコレート味。シンヤと駅の地下のスターバックスカフェで待ち合わせて、そのまま電車に乗る。あたしが住んでいたあのマンションからふたつめの駅。
「俺は生まれてすぐに親に捨てられた。だから産みの親の顔も名前も知らない。それからずっと施設に入っていて、6年前に引き取られた。今はちゃんと、生活しているよ。実は今年の春から一人暮らしをしている。引き取ってくれた父さんにひとりで暮らしたい事を打ち明けたら、お前は男だから、それも悪くない、と言って借りてくれた。バイトしながら借りてる。小さいアパートだよ」
シンヤは電車に乗りながら、あたしに話してくれた。あたしはどうしようもなく切ない気持ちになり、シンヤの手をぎゅっとにぎった。シンヤは、まるで犬や猫を人間が捨てる時みたいに、ダンボール箱にいれられていたのだと言う。「捨てられる」悲しさを知っているヒトだから、あの時猫があれ以上ひかれることのないようにふちに移動させたのだと思った。あたしはシンヤに自分の事を話せない。どうしてかな。

シンヤの部屋はわりと整っていて、生活感ただようアパートだった。
「可愛い部屋」
あたしが正直な感想を述べると、
「そうかなぁ」
とシンヤは首をかしげた。

あたしはベッドにもたれて、シンヤが好きだと言ったCDを聴いていた。クラッシック。クラッシックは、みんななじみのないモノだっていうイメージがあるみたいだけど、暮らしの中でとっても親しんでいるんだよ。シンヤの言葉通り、タイトルこそわからないけれど、聴いたことがあるものばかりだった。
「俺ね、音楽大好き」
シンヤが好きな音楽、あたしも好きになり始めている。





2002/08/29(水)
写真を眺める。バカみたいだけど、家族の写真。荷物はロッカーにいつも預けているくせに、この写真だけは肌身放さず持っているなんて、自分でも驚く。シンヤはあたしのその写真を見て、いいなぁ、とつぶやく。「俺はいないから。だけど今の両親に、恩返しするんだ。早く大人になりたい」シンヤは少し上を見ながら言った。「やめて。家族がいるだけでシアワセだって思わないで」あたしはつい、そう震えたコエでかえしてしまった。シンヤはあたしの目を見てごめんと謝った。これじゃ、まるきりのやつあたり。シンヤはそれでもあたしをせめない。どこかで感じ取っているのかもしれない。あたしは涙が出てきてしまった。「ごめん、シンヤも辛い思いいっぱいしたのにね、ごめんね」シンヤはあたしをなだめるように髪を撫でた。「綾香もきっと。俺にもわからないけど」





2002/08/30(木)
シンヤの家に泊まった。シンヤに問いつめられて。昨日、公園で寝ようとしている所を見られてしまった。まだ住む所が決まっていない。すると、「うちにくる?」とシンヤが言ってくれた。あたしはシンヤのベッドで寝て、シンヤは床で寝た。セックスしないの?と思った。だけどシンヤは何もしなかった。
「当分ココにいてもいいよ」シンヤはそう言って、出掛けて行った。今日は学校に行かなくちゃいけないらしい。あたしはシンヤが帰ってくるまでに夕御飯を作っておこう、と思って、キッチンに立った。





2002/08/31(金)
シンヤの寝顔、可愛い。シンヤのピアス、いつの間にか閉じていた。