届かない耳、発さない口




藤崎あいる













11/01 - 11/19








2002/11/01
あたしは今、やっとのことでペンを持ってる。この日記は、残しておく為ではない。あたしが安定する為。少しでも、正気でいなければいけない。シンヤは秀行くんと同じ施設にいて、そこで持田の養子になった。シンヤの義父が持田だった。いつか言ってたコト、思いだした。6年前にシンヤを引き取ったのが持田ってこと? なんでうろたえてるの。うろたえるに決まってる。世界で一番好きな男が、血のつながりはないにしても世界で一番憎い男の息子だっていうこと。どうすればいい。あたしは、どうすればいい。最後に日記を書いたのは、先月の26日だった。色々あった。あたしは泣いた。シンヤは泣かずに持田を殴った。持田はさっさと出て行き、シンヤはあたしに走りよって力一杯に抱き締めた。あたしはコエをあげて泣いた。泣いた。外では雨が降っていた。だけど雨の音はまったく聞こえなかった。シンヤの腕の力がやけに痛かった。シンヤとはそれからあまり顔を合わせていない。あたしが起きる時に出掛けて、寝る頃に帰ってくる。シンヤはあたしをさけてる。そうとしか思えない。





2002/11/02
今日Allanaから電話がかかってきて、クビを宣告された。仕方ないかぁと思った。サラさんが、仕事帰りにアパートに来てくれた。小説を手みやげにして。「読んだら」とあたしにすすめてくれた。そして、サラさんは「仕事やめてもあたしとは友達でいよ、ね」と言ってくれた。あたしはその優しい言葉がとても嬉しくてもったいなくて、涙が出た。次々と。





2002/11/03
家族の写真をまた、ずっと見ていた。さみしい。さみしい。
どうしてシンヤは近くにいてくれないの?





2002/11/04
「ねえ、あたしココにいていいの?」
どうしてこたえてくれないの。





2002/11/05
気持ちが悪い。ずーっと。





2002/11/06
シンヤはどうしてあの時あたしを抱き締めたの。あたしが自分の義理だとはいえ父親と寝たっていうのが許せないならそう言えばいい。どうすればよかったの。あたしは。どうすればいいのかわからない。とりあえず、仕事をなくして暇になってしまったので、夕食はあたしが作っておく。シンヤはあたしの傍にいてくれないんだもの。





2002/11/07
この頃は、外がどんな天気かすら知らない。出かけないし、カーテンもあけないから。





2002/11/08
抱けば良いのに。





2002/11/09
そうだよ。抱けばいいんだ。





2002/11/10
また今日もあたしはシンヤに会ってない。そのかわりに秀行くんに会いに行った。本当に久々だから、覚えてくれてるか不安だったけれど。 だけど秀行くんはその不安をふっとばして、あたしをおねえちゃんおねえちゃんと呼んでくれた。秀行くんと、他のお友達もいれて一緒にトランプをやった。楽しい気持ちになれたのも久しぶり。





2002/11/11
今日は秀行くんとブランコをした。5時にはもう暗くなってしまうので、それから部屋に戻って、夕飯を御一緒した。施設の先生たちはなるほどやさしい。子供達もとても明るい顔をしている。普通の血の繋がった家族なんかより、ずっと深い家族の絆を感じた。秀行くんはやわらかい表情になったと思う。彼にも、色々あったのだ。わたしのように。





2002/11/12
ごろごろと過ごす。気持ちが悪くて3回吐く。





2002/11/13
気持ちが悪いのはあいつの油っぽい肌を覚えているからだと思う。今日はまたずっとシャワーをあびていた。サラさんが来てくれて、お菓子を一緒に食べた。他愛もない話をしにあたしのところまで来てくれる。サラさんはあたしのことを友達だと思ってくれているのかな、とぼんやり思った。そうだったらいいな。初めてできるかも。友達って。





2002/11/14
サラさんはあたしを買い物に誘ってくれた。だけど買い物はお金がないからってコトで中止になった。わたしたちはオープンカフェでふたりランチをとることにした。サラさんはだんだん服装がかわってきている。前はもっと、古着でガチャリとしたかんじのイメージだったけれど。それをサラさんに言ったら、
「最近ね、少し考えるようになったのよね。娘の友達のお母さんっていったらあたしより普通に年上のヒトばっかりでしょ。母親があんまり若いと、なんか世間では色々言われるんだよね。だから一応考えて、もう少し大人な格好しようかなーって。へんかな?」
全然変じゃないよ。むしろ、まねしたい。
なんとなく、OLとかそういった雰囲気。シンプルにカジュアルでおしゃれだと思う。あたしがほめると、サラさんは嬉しそうに笑った。
「綾香ちゃんもさあ、可愛いよ。フランスの女の子みたいよ」
あたしまで逆にほめられちゃって。嬉しい。サラさんといると落ち着く気持ちになるのはどうしてだろう。あたしはひとりでいるのが好きで、ひとりでいると落ち着く。シンヤといても、落ち着く。サラさんは、あたしの友達だからかなぁ。





2002/11/15
秀行くんのところへ遊びに行く。先生が、「こんにちは」と挨拶してくれて、あたしもそうかえした。なんだか嬉しい気持ちになった。





2002/11/16
また今日気持ちが悪くて吐く。
だけど最近、少し健康的かもしれない、とも思う。





2002/11/17
頭が痛い。シンヤがいないからだ。




2002/11/18
起きていることにした。このまま黙ってココに居座ることはできない。そして、事と次第によっては、あたしは、  を殺すかもしれない。





2002/11/19
シンヤは混乱したようにあたしをみて言った。

「出てくのか、この家を」
「そっちの方がいいなら出てく」

あたしの母親と、持田は恋人どうしなんだよ。あたしは持田にヤられて、それを助けようとしなければ気付きもしない母親にイラついて、家を出たの。それからずっと帰ってないよ。持田にはじめてヤラれたのは7月くらい。それからずっとフラフラしてる。援助でお金稼いだり、社長の愛人になったり。知ってた?あたしが前にいたマンション。あれは愛人だったから、住ませてもらってたんだよ。びっくりしたでしょ。
あたしの口は勝手にベラベラベラベラとこれまでのことを吐き出す。あたしは笑っていた。それに気付くとあたしの肩はぶるっとふるえた。シンヤの顔が見れなかった。シンヤはひどく驚いた様子で、
「援助交際なんて…してたのか」
と確かめるように強く言った。強いが、呆気にとられた間の抜けたコエだった。あたしはまた笑った。
「軽蔑した?」
シンヤは答えない。あたしはあたしが女であるから生きてこられたんだよ。身体売ってブランドバッグ買ってるんじゃないんだよ。援助交際で稼いだお金は生きる為に使ったんだよ。あたしにとってそれは小遣い稼ぎじゃないんだよ。仕事だったの。お金がないと生きれないの。知ってるでしょ。あたしは生きようって思ってたの。男なんて大嫌いだから。だから、男を利用して生きて行こうって思ってたの。そこで、持田はあたしを欲望のままいいようにして、生きて行こうとは思わせず、死んでもいい気持ちにさせたのよ。ねえ。どうして、あたしと顔をあわせようとしなかったの。どうして、あたしをずっとさけてたの。どうしてなの。
シンヤはあたしをじいっと見つめた。あたしは興奮して、呼吸が荒かった。シンヤはあたしを抱き寄せた。あたしはすぐにそれをはらった。触らないでもらいたいわね。いい加減にして。あたしは、あなたがとても好きなのに。どうしてあなたは。そのままあたしは家を出た。
日記帳と、財布と、家族の写真。それだけを持って。