世界一名前の長い王様のお話




朝倉 海人






 さてさて、これからお話致しますのは、私がお仕えしている王様のことでございます。私の名前はそれほどこの話に重要だとは思いませんが、皆様にお話するということなので礼儀としてお教えしておいた方がよろしいのかもしれません。私の名前は、ヨハン=クリークと申します。王様が幼少の頃より教育係としてお側におりました。これから少しばかりその王様のお話を致します。
 まずはこのお話の主人公であります王様のことに触れなければなりますまい。王様のお名前はシポン十三世と申します。もちろん、正式名ではございません。お名前を正式に呼ぼうとすると、我々家臣一同皆舌を噛んでしまいそうになったり、途中で忘れてしまったりと何かと大変でございますから、「王様」と呼ぶわけでございます。
 しかしながら、もしかしたらあなた様たちは「正式なお名前でお呼びしたい」とちょっとした好奇心で仰るかもしれませんので一応言っておきますと、マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様と申します。
 どうしてこのような長いお名前になったかと申しますと、王様は無類の人間好きでございまして、気に入った人物の名前をどんどん自分のお名前として入れていってしまうのです。ですから、今後も増える可能性があるわけでございます。
 しかし少し困ったことに、王様は自分の名前が省略されることを大変御気に召さないのでございます。ですから、我々はなるべく「王様」とお呼び致しているわけです。しかし、この前から正式名で呼ばなければ罰金という法律が王様、いえ、マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様が発表されたことで、私たちは必死になったお呼び致しております。
 さて、私が皆様にお話したいのは、お名前が長くて呼びにくいということではございません。確かに長いお名前ですから我々の立場から申せば困っているのには変わりないのでございますが、こればかりはどうしようもないのでございます。
 そのマグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様が無類の人間好きというお話は致しました。今回お話することはそれに関係したお話でございます。

 マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様は、城下町の民たちがどのような生活をしているのかということに大変興味があったのでございます。そこでよく私とお側の者を二、三人お連れして街を散歩なさるのです。勿論、その時には王様だということが分かってしまったら、町人たちも萎縮してしまうでしょうからマグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様も町人の格好をしてお出かけになります。
 その日もいつもと同じように町民の経済状況を視察なさるために、マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様は八百屋に向かわれました。その店で野菜などの商品の値段をお調べになっておりました。すると、一人の店員(恐らく店主だと思います)が、マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様に話し掛けて参りました。どうやらマグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様をお客だと思ったようで、聞かなくても世間話(それはもう、近所の夫婦喧嘩の話から自分の息子の話、お客さんの様子、売れ行きなど、本当に世間話でした)を進んで言ってくるのです。
 小一時間ほどでしょうか、どうやらお互い気が合うようで話しておりますと、
 「ジョンさん元気だねぇ」
 と一人のお客が店主に声をかけて行きました。すると、マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様は、やはりと申しますか当然と申しますか、その店主の名前が気になったご様子で「お前の名前はジョンというのか?」と仰るのです。もう、一緒にいた我々家臣は内心「これでまた名前が長くなるのか……」と半ば諦めていたのでございます。
 すると店主は、「いえいえ、ジョンはニックネームみたいなもんですよ」と言うので、マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様は「では、お主の名前は何と言う?」とお聞き致しました。
 「ジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエール=オードだな」と言うのです。思わず私が「ジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエールまでがお名前ですか?」と訪ねました。そうすると主人は機嫌良く頷くのです。

 さて、気がつけば夕方になっていましたから私たちはお城に帰りました。
 お城に着くなり、マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様が「今日からジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエール・マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポンというのが私の名前だ」と仰るのです。予想していたこととは言え、私はあまりに驚いて「あの店主は、ジョンと呼ばれているのですからせめてジョンを付けるだけにしてくだされ」と言うと、「ヨハン=クリーク、私はあの店主が好きだ。だから正式名でなければ失礼ではないか」と仰って、頑なでございました。

 次の日、昨日の出会いに気分を良くされたのかジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエール・マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様は、同じように町人の格好をされて昨日とは反対の方向にお出かけなさいました。
 するとそこに肉屋がございまして、案の定ジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエール・マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様はその店の主人と談笑なさるのです。我々はいつものことながら少し嫌な予感がして参りまして、お互いの顔をキョロキョロ見合っていました。
 するとやはりジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエール・マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様は
 「お主の名前は何と言う?」
 とお尋ねあそばるではないですか。その時の私の心を皆様にお見せしたかったです。最早、驚きではなく、落胆でもない、敢えて申せば呆然と申しましょうか、そのような気持ちでいっぱいでございました。
 すると店主は、変なことを言い出すのです。
 「私の名前ですか?私の名前はないです」
 「ない?ナイという名前なのか?」
 「いいえ。無いのです」
 肉屋の店主は名前が無いというのです。では皆なんと呼んでいるのでしょう?と私がお聞きしますと
 「肉屋と言います。それで私もわかりますから」
 「なるほど。それは興味深い」
 ジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエール・マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様はそう言うと、何か考え事をしているように黙ってお城に帰ったのでございます。

 お城のご自分の部屋に着きますと、私をお呼びになりました。ジョージ・ジャクソン・ウィルソニアン・モンテーラ・ソジュール・イエール・マグダニエル・クリストファー・ウィルアム・ペトン・ロックマイヤー・ジャスティス・イエス・アレクサンドロス・ミリオナード・ギャリクソニアンフォード・シャーク・ジュニオール・ロイ・シポン様は何か思いつめたように私に言うのです。
 「今日から私の名前は無しだ」
 「え?無しと仰いますと、どういうことでしょう?」
 私は要領を得ない子供のように素直に聞きなおしました。
 「今日から私の名前は無い。以後、私の名前を呼ぶ時は、様と言うように」
 私は初め何が何やらわかりませんでした。しかし徐々にあの肉屋の言葉を思い出したのです。なるほど、だからお名前が無くなったようでございます。
 初め、この報せを聞いた家臣たちは、もう長い名前を覚えなくてもよくなりましたので、皆大変な喜びようでした。しかし時間が経ち、日が過ぎるにつれ、皆なんだか困り始めたのです。「様」とだけ言うことに。
 様は以後、名前を付けることはありませんでした。しかし皆、お名前をお呼びしたくてウズウズしているようでした。いえ、それよりも自分がお仕えする方のお名前を呼べないというのは、何とも不便でしかなかったのございます。
 長い私のお話をお聞きくださいましてありがとうございました。勿論、お側にお仕えする私たちの名前も無くなったのは、最早言う必要もございますまい。