バーキング・オン,ラビット 思いを振り切り、会場に意識を集中した。100人あまりの人間が、私を注目しているのだ。緊張感を呼び戻さなければ。 「 私には、兄がいました。その兄が病気になったことがすべての始まりだったのかな、と今となっては思います。 兄の病気は私に深刻なダメージでした。 そのことを自覚して、はじめて私は自分ももはや病んでいることを発見したのです。 」 「 私と兄はよく話をしました。 基本的に私はしつこい人間だし、もし受けたものが屈辱なら、それを晴らすことを決して忘れずに延々と待ち続けるような、多くの人が非難する性質も持っています。これは、私自身はあまり反省的に考えてはおりません。実際は生活においてひとつの些事が増える、という問題に過ぎないことであります。 ともかく、物事に対してはケリをつけてきています。 他人に対して説明することは怠ってきました。基本的に善意の人間ばかりではないことはもちろん、とんでもなく無能な輩も見つけるし、「その意見を認めるわけにはいかないから」という非客観的な言い方をする人もいるからです。こういうことは一度でも経験すれば十分です。私はその相手に対して、二度とまともな口を聞こうとは思いませんでしたし、今後もそういうことはあるのだろうと、用心深くなりました。不徹底にも、主成分分析を怠ってますので、どれだけの割合かおおよそのところでも理解していません。主に感覚的「経験」によって判断しています。不経済なやり方ではありますが―― 私は論争自体を楽しむ事はあまりありません。よほどその相手を理解して――ある意味では信頼して――結論が予想の範囲内に収まるならばゲームとしても楽しめます。たとえば、チェスがゲームとして成り立つのは結論が「勝つ」「負ける」の二つしかありえないからです。論争の場合、そういった単一の争点について争われる事は非常に少なく、その手際を競う、ということもあまり考えられていません。ほとんどの場合は相手は無遠慮に――そして多くの場合は無思慮に――一人騒ぐだけであるからです。一人でさわぐならば良いのですが、こちらの反応を自分なりに規定し、それに反すると無礼なふるまいでさらにこちらの気をひこうとする、というのはもはや消耗でしかないと考えます。 ルールとして明確であり、かつその過程内を「どれだけ奇抜な順路をたどるか」ということで楽しむもの、と明確にルール化されていれば、楽しむ事もできるでしょう。しかし、少なくともこのルールが守りあえると判断しない限り、無署名の相手となにかを言い合うつもりにはなりません。 確かに、論戦はいくつか決定的に私に影響を与えたのも事実です。私は今まで二十余年生きてきて、論理的な言説において敗北も多く経験しています。信頼できる友人を持つことは喜びだ、というのは、この一事からみてもわかります。 論戦の敗北については、私はなかなかそれを認めません。たとえその場で私が沈黙し、明快な反論が出来なくても、素直に認めなかったことがあります。その場合は論戦を「延期」し、しばらくの時間をかけることによって更なる反駁をしたものです。そのうちのいくつかは、私の逆転勝ちに終わることもありました。私にとって論戦とは、場当たり的にこなしていくものではなく、長い期間を使い、記念碑的に一つ一つうちたてていくものです。 即時的な手際を楽しむとなると、その一番重要な効果――決定的な影響をうける、ということ――を得る事ができない。 いくつかの場面では、決定的に自分が誤っていたことを自覚しなければなりませんでした。子供のころの私は、なかなかこの事実を認めなかったものです。多くは年長者相手でしたが、その際にはその相手と出会う事も避けたものでした。これは私の暗い一面であり、今思い返しても恥ずかしい気がしますね。 私はこれを乗り越えるため、ひとつの手段を講じる必要がありました。 これは、ちょっとしたコツとして話す価値があるように思えます。 私は幾度か致命的に沈黙させらると、それを発した人間の全人格を一度まとめて尊敬します。動物で言えばおなかを見せて好き勝手に蹂躙させるようなものです。そしてその相手に近づきます。そうすることによって発言と人格自身を解体することができます。発言から人格が離れ、またその発言内容を捉え、自分のものにすることが出来る。どうやってその言葉を身に着けたか、その言葉がどのような言葉のなかで形成されたか、それを知ってしまえば、最終的にはその人格から離れることが出来るようになるわけです。 これはあまり他人に勧められたことではないのかもしれないです、もっと簡単な、しかし効果的な方法があれば良いのですが――これも不経済なことではありますね。 経済的に、効果的に私たちは会話をし、お互いの発展を、隙間の充足を考えなければなりません。あまりに長大な手間は恐れるべきなのです。―― 」 チーフが、話を続ける私の元に近づいてきた。マイクから離れるように、小声で私に話す。 「ありがとうございます小川さん。もうけっこうです」 会場を見渡す。ものすごく静かだ。 目に見えるような空白が、みんなの頭の上に広がっている。 「失敗でしたか?」 私は袖に引っ込み、チーフに尋ねた。 「ええ……まあ、良かったと思います」チーフは言った。「ただ、ちょっと内容が、みなさんの関心の外に行ってしまったようですね」 「ああ、失礼しました」 「いえ」 チーフはいい、笑う。 「また小川さんにはあそこに立ってもらうでしょう。私は、あなたなら何か言えると信じてます」 |