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神田 良輔










 やあやあ。これは小説だよ。ようこそ!小説の世界へ!

 ようこそ!小説の世界へ!(エコー)



 さて、あなたがたには小説を手に取っていただきます。
 小説の読み方はただ一つだけ。それさえ守っていれば、あなたは小説を楽しむことができるでしょう。良い小説は良い楽しみを、悪い小説は悪い楽しみを与えてくれます。それは、一つの決まりを守るだけでできることなのです。

 さてその一つというのは、簡単なこと。
 小説以外の文字を読まないこと。これだけです。

 ええ、ええ。小説のルールはかんたんカンタン。
 セックスをしていても、通勤途中でも、テロのことで頭を悩ませていても(もちろん、ステキなダーリンへの恋の悩みでも大丈夫!)、煙草を吸っていても、音楽を聴いていてもかまわないのです。みなさん、これだけは守ってくださいね。もう一度言っていいですか?……言いますよ。よく聞いてくださいね。
 小説以外の文字を読まないこと。
 あ、あとおしゃべりもしないで欲しいかな。うん、その二つだけ。もう増やさないから、安心してくださいね!


 こほん。

 さて。

       ……さてさて。



 小説を始めましょう。
 これは小説ですので人間が出てきます。いちおう主人公ですね。
 まずは彼のことを紹介しましょう。

 彼の名前は小川保といいます。オガワ・タモツ(ogawa-tamotsu)と読みます。
 さあさあ、とても魅力的な主人公、それが彼です。小川保です。女の子は憧れてください、ちょっと世間を知っちゃった女のヒトは品定めの目で見てください。 彼は実在する人間です。今日もこの世界の中で生を闊歩しているのです。そこが アニメとは違いますね。そう、アニメよりもリアルでナマナマしい、あまり夢も希望も抱かせないのが 小説 です。リアルでナマナマしくて、それでもちょっとだけ他の人とは違った輝きを持ったステキさを持ってる、普通の人間、それが小説の人間です。


 さあ!彼を少し眺めてみましょう。身長は170cm。小説ですのでサバを読むことはできません。ええ、彼は正真正銘の170cm、街を歩いている170cmの男の子の「オレ?170cmくらいだよ」とは違って、ホントの170cmです。
 顔は――そうですね、けっこうステキです。
 ……コホン、ええ。すみません。決してソフト・フォーカスを使ってゴマかそうとしてるわけではなくて、いわゆるワタシの描写力の未熟さのせいなのです。だってホラ、人の顔って説明しづらいでしょ?あなただってダーリンの顔説明できないでしょ?え?いいわけなんか聞きたくない?ゴメン!わかった。オレが悪かった!小説の書き手は謝っては終わりな気もしますが、まあよし!<

 とにかく、彼はけっこうステキなんです。ええ。ウソ偽りはないですよ。なにしろ小説ですからね、そういうごまかしは利かない、真剣勝負の世界。結婚相談所とか友達の友達とかみたいにウソはありえないんです。間違いなく、彼はけっこうステキです。安心してください!

 歳は21、ジーンズに高校の時から使ってるウール地のジップアップジャケットを着ています。足元はコンバースのスニーカー、靴下は無地の白です。両手はポケットに突っ込んで、街を歩いています。新宿を降りて、初台駅から徒歩4分ほどの友人の家に向かっているところです。時間は夕方、学校も会社もそろそろ終わり始める頃。人の多い駅前を抜け、通い慣れたごみごみした道を歩いているところ、それがこの小説主人公です。

 さて。この主人公がなぜ歩いているかを説明しなければならないですね。ちょっと一口では言いづらい状況なのですが、まあ、とにかく、「遊び慣れた友人の家に遊びに行く」と言っておけば、間違いはないのですが、まあ、ええ、非常に言葉にしづらいですね。
 だって、ほら、友人と、一口に言うとカンタンですが、世間にはいろんな種類の友人がいますよね。その様々なことと言ったら、ウィルスの数にも劣らない。たとえば僕とアナタのように、僕が小説を書き、あなたが読むという関係だってともだちです。さて、小川保とこの初台に住む友人との関係はいかなるものか?

 この友人。まずは彼女の人トナリを現しましょう。ワタシの力のすべてを注ぎ、彼女の人間性を浮き彫りにしましょう。あなたが彼女を古くからの友人と思えるように、あなたが彼女と話をしても、イヤな目で見られることのないように!すべてはワタシの描写にかかっています、ええ、ワタシはがんばりますよ!

 彼女。ええ、彼女は女性です。年齢は小川保と同じ、21歳。
 田舎は山梨です。高校を卒業するのと同時にこの初台のアパートに移りました。東京に住むことが彼女の目標で、専門学校に行くのはまあ口実みたいなものです。一応彼女は「インテリアデザイナーになる」とか言ってます。「私はちゃんと絵がかけるし、おしゃれなともだちもたくさんいる。だから私はインテリアデザイナーになれるんじゃないかな」と思っています。ええ、はっきりと言ってるわけではないですが、小川保は彼女がそう思ってると、思ってます。彼女のいないところで友人たちと話して、そう確信しました。もちろん、笑いながら。

 小川と彼女――ええ、彼女にも名前がありました。向田恵美です、ムコウダ・エミ(mukouda-emi)と読みます――は専門学校で知り合いました。小川はファッションデザインコース、デザイナー志望でしたが、退学してしまっています。いつ退学したのか、本人にもはっきりしないという、よくある種類の退学でした。それでも友人関係は残っていて、小川は学校の友達と集まって飲んだり出歩いたりしていたわけです。向田は中でも、何人か集まって酒を飲んでいる時には必ずいる、でもそれ以外の時にはあまり一緒にならないという微妙な間柄でした。
 向田は便利な場所(初台)に住んでいたので、帰れなくなったりみんながお金をもっていなかったりしたときには向田の家はよく使われていました。一切ホストらしいことをやらないホステスなので、逆にみんなも行きやすかったのです。小川もそうしてよく彼女の家には行きました。
 そして今日も歩いているわけなのです。まだあたりは明るさが残っています。
 一人で、もくもくと。背広のサラリーマンと、小さな小学生とすれ違いながら。





 昼間の3時頃、プレステをしていた時、小川の電話はなったのでした。
小川:「おっす」
向田:「ちは。どう?今なにしてた?」
小川:「ファイナルファンタジーしてた。なに、どうしたの?」
向田:「いやあ、あんま用事もないんだけどねえ。最近みんななにやってるかなって」
小川:「すげーヒマだよ。オレ」
向田:「みんなは?」
小川:「最近会ってないな」
向田:「ふうん」
 少し沈黙。
小川:「え、なに、お前学校は?」
向田:「行ってるよ」
小川:「今日は?」
向田:「今日は行ってないけど」
小川:「行ってねえじゃん。え、みんなにも会ってないの?」
向田:「うん、最近移動授業とか事務所行く人とか多くてね」
小川:「本格的に行ってないな」
向田:「ねえ、最近飲んでないの?」
小川:「そうだなあ。お呼びがかからない」
向田:「飲もうよ。ねえ」
小川:「ていうか学校行って誘えばいいんじゃない?」
向田:「学校行くと帰って寝ることしか考えられないの」
小川:「まあいいけどね」
向田:「とにかくヒマ。すげえヒマだよ」
小川:「じゃ誘ってみますか?みんなを」
向田:「とにかく遊ぼうよ」
小川:「じゃ、お前ん家行っていい?」
向田:「いいよ、すぐ来てよ」
小川:「じゃみんなに声かけながら行くよ」
向田:「うん」
小川:「じゃ」



 まあすぐ来いと言われても1時間以上だらだらするのですが、とにかく小川は向田の家に向かいました。
 途中2人に電話をかけてみました。一人は「仕事」と断られ(え、なに?もうお前事務所入ってるの?てかそういうの教えてよ!へえ、アシスタント?へえ。)で、もう一人は電話に出ませんでした。二人に電話かけたところで三人目を考え始めましたが、面倒になってやめました。
 いや、ていうか面倒っていうのウソ。ちょっとした下心を持ちはじめたのです。ひょっとしたらヤレるかもとか考えたり。
 小川君は彼女がいますが、最近あまりうるさくなくなってきててどうやら浮気してるんじゃないかとか考えるとソレっぽい気がして友人に話してみると「まあお互いそういう距離感がラクだって気がついたんじゃない?」なんて言われてうん、そうかも、なんて思ったりしてしまったり。それにけっこう向田のことは好きだし、二人で酒を飲んでりゃそんな雰囲気になるかも、しかも家で飲むんだし。まあそうなったらなっただし、アレ、まあなんとなく気がするだけだけど、向田とつきあうことになってもいいかもしれないな。

 などと小川君は考えながら歩いていたのです。
 後ろ姿には哀愁があると思いませんか?



 向田宅に着きました。インタホンを押すと向田が出てきました。
小川:「ちわ」
向田:「遅いよー。一人?」
小川:「んー。三人に電話したけど、みんなダメ」
向田:「まあ入ってください」
小川:「おじゃまします」

 こいつけっこう肌綺麗じゃんとか考えながら小川は向田宅に入りました。



 ……さあ、読んでるあなたもどきどきしてきたでしょ?
 小川くんはどうなってしまうのか?ていうか、小川君とはオレのことなのか?とかは考えないでくださいね。
 そう、これを読んでる間はアナタが小川君です。……それが小説のルール。




 窓の外はまだ明るさが残っています。向田の部屋はテレビが着きっぱなしになってて大岡越前が流れてました。
向田:「ねえ、とにかく飲んで良い?」
小川:「一人でも飲むんでしょ?」
向田:「私一人で飲むとすぐ寝ちゃうんだ」
小川:「寝るなよ」
向田:「それはこっちの台詞だよ。小川すぐ寝ちゃうじゃん」

 向田はビールを一本づつ、出してきました。

向田:「ていうか、喋るよ。今日は」




 ――ええ。実は。
 この後、二人は結局朝まで二人きりでした。

 最初は酒を飲みながら、向田の愚痴です。出席日数がどうしたこうした、教師が人間関係がでもやっぱコネがどうしたこうした、という話。向田はけっこう話が上手でちゃんと理解できるように喋ってくれるので、こっちは聞いてれば話はわかります。時折相づちをうつだけでいい、とてもラクです。ようは認められなかったんでしょ?とさえ言わなければいい、カンタンな話でした。
 そして展開は小川くんの望むとおりに進みました。向田は「私はもう自信がなくなってきた。この先どうしたらいいかわからなくなった。ねえ私はどうしたらいいかなあ」とか喋り始めます。

小川:「お前が愚痴を言うのは初めて聞いたよ」

小川は言います。声が裏返らないように、ゆっくり喋ります。

小川:「愚痴をコボして続けていられるなら、いつでも聞いてやるよ。でも本当にダメな時が来るかもしれない、もう続けることができない、夢にむかってかんばれる(このところだけはさすがに早口になってしまいました)と思えなくなった、そんなときはさ、お前しか判断できないんだよ。お前がいくらカンタンに切り替えることができないタイプでもさ、切り替えなきゃいけない時ってのはあるかもしれない。そうなったら――」

 小川はコトバを切り、向田の顔をみます。肌はやっぱり綺麗です。「まあどうしたらいいか一緒に考えてやるよ」

 向田は小川と目をあわせます。小川も目を離しません。一呼吸、二呼吸……

向田:「うん決めたよ」

 向田は一瞬目を離し、また小川に向かって言いました。

向田:「ヤメた。私やっぱり向いてないんだよね。インテリア。絵を描くのは得意だけど、あんま好きじゃないんだ、ホントは」

 小川はただ聞いてました。ちょっと予想外でした。ここまで元気な女だとは思わなかったのでした。

向田:「私次やること決めてるの」
小川:「……なに?」
向田:「小説」


 それから小川は村上春樹江國香織と桜井亜美の話をたっぷり聞き、そして小川もそれらの本を読んでいたため、文芸話になっていきました。お互いの気持ちよりも主人公の気持ちについて深く考えあうことになりました。
 酒を飲みながら。
 向田がトイレに行くわずかな間に小川は深く眠ってしまいました。
 朝目が覚めると向田は寝てました。一人でちゃんと布団に入って。
 なんとなく小川は帰ったのでした。布団に入ってゆっくり眠りたかったから


 それでこの小説はおしまい。




 さて。




……さてさて。

 余韻をぶち壊す?まあいいじゃないですか。たかが小説ですから。
 文字の色が変わってたって、背景がついていたって、小説小説です。

 ははは!

 
 ……ともかく、これは小説です。
 小川君とは誰でもない、アナタです。
 アナタもそう思ってくれたら、うれしいですが、ね。