永瀬真史






 顔を覆う冷たい空気で目を覚ました。何か直感的な物を感じたのだろうか目を開いても何も違和感を感じることはなかった。カーテンの隙間から窓の外を覗くと外はまだ暗い。布団から身を乗り出し緑色の蛍光色に光る目覚し時計で今の時間を確認した。午前4時。人間の多くは布団の中でぐっすりと眠っている時間だ。当然家の中は暗く家族はそれぞれの部屋でぐっすりと寝ていた。とりあえず起きてしまった事には仕方がない、部屋の電気をつけてベッドから立ち上がる。いつも以上に寒さを感じたので上着を探す。それにしても寒い。室内にいるというのに口からは白い息が漏れて身体が自然と震えた。椅子にかかっていたパーカーを着て居間に移動をする。電気ストーブの電源を入れて部屋が暖かくなるまでしばらくは身を震わせていた。居間の隣にはドア越しに父親が寝ている。毎日夜遅くまで働いて帰ってくる。来年には会社が大手の企業と合併するとかで今はその作業に日々追われているらしい。疲れた身体を休ませている父親を起こしてしまわないかと少し心配したが起きてくる様子はなかった。

 何故こんな時間に目が覚めたのだろうか。こんなにすっきり目を覚ました事は無かった。いつもは目覚まし時計のアラームを響かせて眠い目を擦りつつ朝8時近くに起きるというのに、今日はこんな時間に目が覚めてしまった。テレビをつけて適当にチャンネルを回してみるが、どれも見た事のない番組ばかりで興味を引くものが無かった。なんとなく目に付いたニュース番組にチャンネルを合わせ、棚においてあったポテトチップスの袋を開けてぼーっとそのニュース番組を見ていた。作り笑顔のニュースキャスターは一定のリズムで淡々とニュースを読み上げていた。
 強盗、火事、交通事故、政治家の汚職、戦争…。いつみても同じようなニュースがやっている。チャンネルを握り電源ボタンを押すとテレビはプツンと音をたてて消えた。部屋が少しずつ暖かくなってきた。新聞の朝刊はそろそろ届いている頃だろうか。いつもは読む気にもならない新聞を何故か読んでみようと思った。部屋の中で音をたてている電気ストーブの音だけの沈黙に耐え切れなくなり何かをしていないと退屈でしょうがなかった。

 マンションの重い扉を開ける。外から冷たい空気が入ってきて開けっ放しにしていた居間のドアが大きな音をたてていきおいよく閉まった。家族が目を覚ましてしまったかもしれないと少し申し訳なさそうな気持ちになったが、あいにく誰も起きなかったようで家の中は静まり返っていた。12月の日の出は遅い。しかし、空の下の方はほんのりと青くなっていて、朝がもうすぐ訪れる事を告げていた。漆黒の闇に映える青い空が目についた。

 白い息を吐きながらしばらく電気の消えた高層ビルを眺めていたら空から降るモノが一つ二つ…。真っ暗な空の闇から灰色の塊が降ってきた。それを掴もうと手を伸ばしてみる。灰色の塊は蛍光灯に照らされ白いその姿をあらわした。寒さに少し赤みを帯びた僕の手の上に舞い降りたのは白い雪の結晶だった。通りで寒いわけだと自分で納得して一人でうなずく。

 この雪を見ている人は今どれだけいるのだろうか。僕と同じようにこうやって空を眺めていて降りだした雪に見とれている人がいるのだろうか。それを見て他の人は何を感じているのだろうか。僕と同じ事を考えてるのだろうか。次第に空は青くなっていく。誰かが雨戸を開ける音がする。新聞配達をするバイクの音が鳴り響く。人が活動を始めた。今日もまた一日が始まるのだ。新聞受けから朝刊を抜き取る。マンションの思い扉を開けると母親が居間で弟が学校に持っていくお弁当の準備をしていた。



「あら、いつから外にいたの?こんな寒い中そんな姿で外にいたら風邪ひくわよ。」



 怒ってるのか心配しているのかわからないような口調で母親は僕を叱った。急に身体に寒さが襲ってきた。





「ねぇ、外は雪が降ってるよ」





 そういうと僕はマンションの重い扉を閉めた。