ボロ雑巾




永瀬 真史







 突然激しい睡魔に襲われてベッドに横たわると僕は気を失った。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか、身体は例えるならば雑巾になったようだった。雑巾をねじるようにして絞る時に感じるであろうと思われる痛みを僕の身体は感じていた。身体が無意識のうちに捻られて節々が燃えるように熱い。激しい痛みを感じつつ少し気を抜くと意識が飛んでしまうであると思われる中、力を振り絞って身体を起こした。目は不思議なくらい冴えていて遠くまで見渡せた。そこは大きなフローリングのようだった。僕は目の前にある鏡に映る自分の姿を見た。目に映ったのはボロボロになった布きれだった。他に移るものは無い。どう考えてもおかしいのだけれど、それは現実だった。そう、僕は雑巾になってしまったのだった。
 
 突然身体が雑巾になってしまったので慌てたが、なってしまったからには仕方がない。混乱する頭をなんとか落ち着かせながら状況を整理する。僕はフローリングに寝かされていた。いや、正確には置かれていたというべきだろう。身体(というのはちょっと変かもしれないけど)は床に水が染み出るくらい湿っていた。僕の隣には青いバケツが置かれている。この状況から判断すると、僕は雑巾になってしまった後に何者かの手によって水で濡らされ、身体を絞り上げられてフローリングを強い力で僕の身体で拭いたのだろう。辺りは雑巾の使い方とは違って、不自然に思うほど綺麗に掃除されていた。

 そんなことはさておき、これからどうするべきか。雑巾になってしまったからといってこのまま雑巾として生涯を終えるつもりは無い。なんとかしてここから脱出しなくては。雑巾になってしまった僕は手も足も無かった。文字通り手も足も出ない。弱った。
 おっと、そんなことを考えているうちに誰かがやってきたみたいだ。足音は遠くからどんどんと近づいてくる。まだこの部屋にはいないものの、確実にこちらに向かって来ているようだ。とにかく逃げなくてはと思う一心で僕は身体を持ち上げるも、力尽きて床に突っ伏した。
 背中に視線を感じる。おそらくこの部屋に入って来た人物が僕の事を見ているのだろう。ボロボロで汚れた雑巾の僕を。しかし、なかなか反応が無い。また何処かへ行ってしまったのだろうか?そんなことを考えていると、部屋に入って来た人物は急に僕の事を持ち上げた。僕を持ち上げたと目があう(といっても、雑巾になった僕に目があるかどうかすらわからないのだけど)。目があった人物は、雑巾になる前の僕だった。


 あ、思い出した。ここは僕の家のフローリングだ。そして、先日に僕は家の大掃除をしたのだった。散らかっていたフローリングを整頓して固く絞った雑巾で水拭きをした。しばらくすると雑巾は汚くなり、異臭を放つようになった。僕はそれを嫌なものを見るような目で睨みつけて、汚物を持つように指先で雑巾を持つと振り払うようにゴミ箱の中へと投げ捨てたのだった。

 お、おい。や、やめてくれ。僕をそんな目で見ないでくれ。僕はそんな冷たい目で僕を見ていたのか?そうなのか?


 あっ…。