殺意のある悪戯




遊木 薫







 退屈な寺回りで疲れた俺たちは早々に部屋で休んでいた。どうして修学旅行だから寺を回るのか理解できない。引率のバスガイドが綺麗じゃ無かったら我慢出来なかったところだ。
「さっき行った寺の本堂に、首の無い仏像があっただろ?」と、祐二が急に話し出した。祐二の話によると、昔この地を治めていた殿様の奥方が家臣と恋仲になってしまい、それを知った殿様が家臣を大の字に貼り付けにして絞め殺したらしいのだ。その憎しみの余りに素手で首を引きちぎってしまったらしい。その家臣の霊を慰めるために供養しているというのだ。
「ホントか? 大体、素手で人間の首がちぎれるか?」と言うと、みんなも「そりゃそうだ」と、笑いながらその後はいつもの調子で、夜中までバカ話しで盛り上がった。

 ぼんやりとした意識の中で息苦しさがどんどん大きくなってきた。目を開けようとしても何かが張り付いたように開かないのだ。
『まだ、夢をみているのかな?』とも思ったが、どう考えても夢じゃないし意識もはっきりしていた。だが、やっぱり目が開かない。助けを呼ぼうにも声も出ない。必死に動かそうとしているのだが、両手両足共に何かにしっかり抑えられているように動かないのだ。この感触は間違いなく人の手だ、俺は誰かに抑えつけられているのだ。
『助けてくれ!』と、必死に隣で寝ているであろう祐二へ声にならない叫びをあげる。喉までは声が出るが、口からは声として出て行かない。口が開かないのだから声が出る訳が無い。これが俗に言う金縛りなのか? 必死に抵抗するが全然動かない。
 すると頭の少し上の方から、人の声のような音が聞こえてきた。
「俺の……び……を返して……れ」と、小さくて聞き取りづらいが男の声がした。
『何を返してくれって?』と思い、唯一自由になる耳に全神経を集中した。
「俺の首を返せ!」
 声と同時に、両手両足とは明らかに違う力強さで、何かが首を締めつけてきた。
『首? なんの事だよ、寝る前に祐二が言っていた家臣の幽霊か?』と、思った瞬間にさらに力が加わり激痛が襲ってきた。
『祐二の話を笑ってしまったからこんな目にあうのか……』
 息も出来なくなり、遠のく意識の中でそんな事を思っていた。

「クッ、ククッ」と、僅かに聞こえた小さな笑い声が、辛うじて意識を繋いでくれた。
「勘弁してやるか?」と聞こえた刹那、両手を押さえつけていた圧迫感が急に無くなった。その瞬間に俺は飛び起きた、さっきまでの圧迫感が嘘のように両手両足が動く。しかし、まだ目は見えないし、口も利けない。慌てて首を左右に大きく振る。その瞬間にまた周りから笑い声が聞こえてきた。
「ひろし! 目と口を触ってみろよ」と、笑い声に混じって祐二の声が聞こえてきた。両手を顔に持っていき、恐る恐る目と口に触れてみると皮膚とは違う無機質の冷たい感触がした。その境目を触った途端に俺は気が抜けてしまった。
『やられた、ガムテープだ!』
 そう確信して俺は目と口に張られたテープを勢い良く剥がした。すると見慣れた4人の爆笑している姿が目に入ってきた。祐二が両手を合わせてなにやら謝っている。
「お前ら……」と言いかけた瞬間に力が抜けてしまい、布団の上に崩れ落ちた。とにかく、さっきのは金縛りではなかった事だけは解った。

「お前、マジで死ぬかと思ったぞ! まったく」
 そう言って、俺をつかむ祐二の腕を少し大袈裟に振り払った。
「ごめん。でもさ、お前も寝る前に『金縛りなんて臆病者がなるんだよ!』なんて言うからさあ」と、何やら訳の解らない言い訳をしている。
「しかし、誰だよガムテープ持ってきている奴は?」と聞くと、祐二は「ああ、旅館の女将さんに荷物のダンボールに貼りたいので、って言ったら貸してくれたぞ」と、得意げに言ってきた。
「俺はダンボールじゃないぞ!」
 祐二に本気で文句を言いながら洗面台に向かった。目なんかとっくに覚めているが、とにかく顔を洗ってすっきりしたかった。
「しかし、マジにあせったよ、声は出ないは、目は見えないは、両手両足は誰かに抑えつけられている感覚だし、かなりリアルな金縛り体験だったよ。そりゃそうだ、本当に両手両足抑えつけられていたからなっ!」と、俺は軽く祐二の太ももを蹴り上げた。
 顔を洗うために両手を前に出すと両手首に紫色のアザが付いていた。
「コレどうすんだよ? 2,3日じゃ消えないぞ」と、祐二に右手首を差し出した。
「お前ものすごい勢いで暴れていたからなあ、4人で両手両足を1個所ずつ抑えるので必死だったよ」と、少し笑いながら言った。
「まったく、やりすぎだよ。此処なんてしばらく消えそうも無いぞ!」と、首筋の手形がはっきり付いたアザを祐二に見せた。すると祐二の顔がみるみる青ざめていった。
「どうした、祐二?」
「俺たちは、4人でお前を抑えていたんだぞ」と、崩れるように座り込んでしまった。
「だから、お前らが力入れて抑えるからこんなアザが……」
 俺は震えながら、鏡に映る5人目に付けられた首のアザを眺めていた。