ラビット・バーク 17. 私が言うことがいつか本当になるとしたら――しかしそれがどうやっても望むままではないとわかっていながら――それはものすごくつらいことになるのではないかと思う。 想像は果てがない。私が思ったままのものは、想像で作り得る。 誰でも知っているように、それはウソだ。 私には、思うがままに物事をつくることができない。私は一人だし、なにに対しても無力だ。たとえ、私が一人になったとしても。 私は神田良輔にあてて手紙を書いた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― もう私のことは知っているでしょう? ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― こう書いて、送りつけた。 私の手から放れた手紙は、もう私の意識下ではない。 その情報、データ、背景は、もう私自身の属性とはなんの関わりもない。数十バイトの、ただの情報にすぎない。 私はもう一度、手紙を立ち上げた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― どうして出てこない? なにがやりたい?……クソ野郎! あんたは理想を持たない、ただの子供だ。目の前のものに飛びついて、飽きたら捨てるだけだ。 そうやって捨てられたものたちに……今すぐではないかもしれない。 それは当分先、あなたが本当に弱くなり、なにもかもを失った後かもしれない。 でも必ず、あなたに捨てられたモノたちはあなたに関わってくるだろう。 それは必ず、あなたに復讐する。……覚えてろよ!畜生! このままですむと思うなよ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― すぐに送りつける。 そしてまたすぐに、私は手紙を書き始める。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― おねがい、顔をだして。 今私たちはひどく最低の状態。こんなのはそれぞれが、みんなが、かつて体験したことのないほど悪い状況に陥ってる。 ――おそらく、あなたには力があるはず。 私たちに関わることも出来るし、それに多大な影響を与えることもできるはず。 ねえ、そうなんでしょう? あなたは私たちを焦れさせようとしてるんでしょう? それなら、予想通りの効果を上げることができたんですよ。もう私たちは骨身にしみて、あなたの考えるようになっているんですよ。 ひとつあなたが見当違いだったのは――私たちが弱すぎたこと。 ううん、違う――私たちを支えるものが、あまりに弱かった。 こういう言い方があなたが望む言い方なんでしょう?ねえ、もう私はこんなふうに、あなたが望む通りの言い方も、使えるようになったんですよ? もう十分でしょ? ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 時計を見る。手紙を書き始めてから数分しかたっていない。 こういう数分の間に、私たちがかけるのはこれくらいのことでしかない。ベストを尽くしている、と私は自分に言い聞かせる。 涙が出ているような気がする。 もう座って手紙を書くことができない自分を感じる。 声を出して泣くことが出来たら――私か、小川か、清恵さんか――あの古沼という女でもいい、誰か一人でも、誰かの前で、泣くことを許すことができたら、私たちはこうはならなかったはずなのに。 みんなが、どこかにたどり着くことができたはずなのに。 責任は誰にある? それは――? ――いや、その前に。 責任って、なに? 泣くことに集中しようとしてみる。 ばかばかしい努力なように、一瞬、思う。私はひどく気が狂っているんじゃないかとも思う。あまりにも普通じゃないことをしている気分で――悪魔に祈る魔女の気持ちとシンクロしているように思う。歴史的に存在する、感覚だ、と確認できる。 いや、でも私はそうしないといけない、とても真剣だし、敬虔な気持ちなのだ。誰に私が責められる? ――そこまで考えたところで、私は振り返る。誰が私を責める? 再び、私は手紙を書こうと試みる。記憶したとおりの神田宛のアドレスが私の目の前に現れる。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あなたはひょっとして死んでいるのでしょうか? 古沼という女は、それを示唆することを言っていたような気がします。あなたはすでに、プログラムになった。肉体を失った、と。 今思い出しました。 それはとても自然な流れだと思います。正しいように、物事が流れている、歯車はきっちり、予定通りに回っている、というように。 でもとても、私の気分は滅入ります。 ――ほぼ確信してきました。あなたはもう、死んでいる、と。 裏付けがないただの空想じゃない。裏付けがある。 古沼が示唆しているのだ。 死者。 死者になって初めて、私はあなたに話しかけることを試したのですね。 あなたはもう、この世界の人間ではない。 それでも、この世界に存在しないとは、言えない。これは背反しないはず。 だから、あなたは、この世界にふれているかもしれない。包括してるかもしれない、細微に入り込んでいるかもしれない――生きている私に、それはわからないこと。 ああ、でも――私には想像できる。そこがどれだけ、あなたにとって適しているかを。 私はいつ、あなたの知っていることを、知ることができるでしょう? あなたのことをもっと知りたい。 どうしているの?どうやってそっちへ行ったの? ――どうやって、を想像することはとても容易ですね。 綺麗な水着の女の子を見て、脱毛処理の姿を想像するのが容易なのと同じだ。 ちょっと想像します。 不器用な私たちは、そうやって生活しているのです。 あなたはその骸を誰の目にもさらしていないと思います。 おそらく、言葉をもって、古沼という女に別れを伝えた。そして、彼女の前に姿を現さない、とあなたは決断した。 あなたはね――意志の強さが、あまりにも人間離れしているのです。 会ったことすらないですが、私にはわかります。 誰も――どれほどの異能力者でも――不可能なほど意志とは強いものだと、確信していますね。 ――それはつまり、あなたの意志が、ついに実存した瞬間ですね。 その場に物理学者がいたら、人間初の実存を計測できたんじゃないかしら? そんなものが、存在し続けることができるわけなど、ない。 想像できます。あなたの身体がこの世に存在していた、最後の瞬間が。 あなたは薬を使った。これは間違いないでしょ? あなたは、眠るように死にたい、とそう思ったはず。眠りへの興味は、死への羨望と同じですからね。 そう、むしろ、あまりに眠ることにこだわったため、死が近くにあった、と言っても良い。 だからあなたは薬を使った。 あまりに演出的な理由で―― 最後の瞬間の場面。 一人でいたことは言うまでもないですね。 狭いスペース、光がまったく入らないような――出来うるなら、光の存在さえ、許したくはなかったはず。 とにかく、符号させる趣味の持ち主――優れた人間はすべてそうだと、私知ってますから――だから、そういう設定に凝ったのは間違いない。 車の中。 箱――600*1000*800程度の、小さな箱。 それか液体の中――海。 バスタブ。これくらいなら、液体の種類も選べますよね。アルコール?ポカリスウェット?塩分濃度の高いお湯? ……ああ、どれだろう?この中から選択して想像することが、私にはできない。 どれを選んだんだろう?本当に―― もうしばらく、私はこのクイズを楽しむことにします。 あなたの死ぬ瞬間は、どうだったのか? ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― しばらくの間、思いついた想像にふける。 イメージは少しの間、展開し――動き続ける。 動きがある間、私は苦痛をなにも感じない。自分のとりまく状況を意識しない。 とても快適―― 動きが止まる瞬間に、私は大きな声で叫んだ。 反響が鼓膜を大きくふるわせるように。できるだけ長い間、息が続く限りに。 なるべく多くの人に、私の声が聞こえるように。 (<バーキング・オン,ラビット>に続く) |