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この文書は、世界保健機構(WHO)が2001年に発表した劣化ウランに関する調査報告 "Depleted Uranium: Sources, Exposure and Health Effects" 中の "Executive summary" を日本語訳したものである。
翻訳は
http://www.who.int/ionizing_radiation/pub_meet/en/DU_Eng.pdf
に基づいている。関連する文書は
http://www.who.int/ionizing_radiation/pub_meet/ir_pub/en/
にて入手できる。
英語対訳付きはこちらからどうぞ。
この劣化ウランに関する科学的再検討は、世界保健機構(WHO)で進行中のプロセスの一部であり、化学的、物理的および生物学的素因に対する被曝によって起こりうる健康への影響を評価したものである。劣化ウラン弾が使用された紛争地域の住民に起こりうる健康被害についての懸念は、多くの重要な環境衛生に関する疑問が表明されており、本モノグラフにおいてはそれらを採りあげた。
目的および範囲
このモノグラフの主要な目的は、劣化ウランに対する被曝によって健康を損う危険性を検討することである。このモノグラフは、WHO加盟国が劣化ウランと人間の健康問題を適切に取扱うことができるように、有用な情報や忠告を提供する卓上参考書ならんと意図されている。
その情報には、劣化ウラン被曝の原因に関する情報、起こりうる急性および慢性摂取経路に関する情報、放射能および化学的毒性の両方の観点から指摘される健康を損う潜在的な危険性に関する情報、そして将来の研究の必要性に関しての情報が含まれる。著しく異なった溶解度特性を持つ混合物の複数の摂取様式に関してもまた考慮される。
ウランと劣化ウランは体内で同じような振舞い方をするため、ウランについての情報も広く使用される。
ウランと劣化ウラン
ウランは、すべての土壌、岩石、および海洋中のいたるところで、さまざまな化学的形態で見受けられる天然起源の重金属であり、飲料水や食品中にもまた存在している。水、食品、および空気の正常な摂取により、平均で約 90 μg (マイクログラム:百万分の一グラム)のウランが人体に存在している;約 60% が骨格組織に、16% が肝組織に、8%が腎組織に、そして10% が他の組織に存在する。
天然ウランは、3種類の放射性同位体が混ざって構成されており、それはその質量数により、238U (質量比 99.27%)、235U (質量比 0.72%)、および 234U (質量比 0.0054%) と同定される。ウランは原子力発電所において主に使用されている;ほとんどの原子炉は 235U の含有量を 0.72% から約 3% にまで濃縮したウランを必要としている。劣化ウランとよばれているのは、この濃縮された一部を分別した後の残存ウランのことである。劣化ウランは通常、質量比にして約 99.8% の 238U、0.2% の 235U、および 0.0006% の 234U から構成されている。
同じ質量で比較すると、劣化ウランはウランの約 60% の放射能を持っている。
劣化ウランはまた、使用済み核燃料の再処理によっても生じるだろう。これらの条件の下では、別のウラン同位体、236U が非常に少量の超ウラン元素類のプルトニウム、アメリシウム、ネプツニウム、および核分裂生成物テクネチウム-99を伴って存在するだろう。これら微量の付加的な元素による放射線量の増加は 1% 以下である。これは化学および放射能毒性の両方において、取るに足らない無意味な量である。
劣化ウランの用途
劣化ウランには多くの平和的な利用法がある:それには航空機の平衡おもりやバラスト、放射線療法用医療機器や放射性物質輸送用容器に使われる放射線防壁などが挙げられる。
鉛の約二倍もある高い比重や他の物理的特性のために、劣化ウランは撤甲弾にも使用されている。それはまた戦車のような軍用車両を強化する目的でも使用されている。
被曝および被曝経路
人々は、日常的な天然ウランによる被曝と同様に、すなわち、吸引、経口摂取および(体内に破片が残されたままの傷害を含む)皮膚接触によって劣化ウランに被曝しうる。
吸引 は紛争地域において劣化ウラン弾が使用されている間や使用された後、或いはその環境の劣化ウランが風や他の擾乱作用によって大気中に再び浮遊した場合に、最もありそうな摂取経路である。また、劣化ウラン貯蔵施設での火災や航空機の墜落、紛争地域またはその周辺から来た車両の汚染除去作業のために、偶然の吸引が発生するかもしれない。
経口摂取 は、食品や飲料水が汚染されていた場合、住民の大部分に起こりうるだろう。加えて、子供たちが土を口に入れる可能性もまた、重要な経路として考えられる。
皮膚接触 は、劣化ウランが皮膚を通して血液中に摂取されるということはまず考えられないため、比較的重要でないタイプの被曝であると言えるだろう。しかしながら、劣化ウランは裂傷を通して、或いは体内に残されたままの劣化ウランの破片から、体循環に侵入する可能性はある。
体内への蓄積
体内に侵入する劣化ウランのほとんど(>95%)は吸収されずに糞便として除去される。血液中に吸収されるウランのおよそ 67% は腎臓によって濾過され、24 時間以内に尿として排泄される。
食品および飲料水に含まれるウランののうち、消化器官によって吸収されるのは、通常 0.2 から 2% である。可溶性ウラン化合物は不溶性のものに比べて容易に吸収される。
健康への影響
潜在的に、劣化ウランは化学および放射能の両方において二つの重要な標的器官に対して毒性を有しており、それは腎臓と肺である。健康被害の結果は、その人が被曝した劣化ウランの物理的および化学的性質、および被曝レベルと被曝した時間の長さによって決まる。
腎機能障害が被曝レベルに依存しているということが、ウランに被曝した労働者に関する長期的研究によって報告されている。しかしながら、この障害は一過性のものであり、ひとたび過度のウラン被曝の原因が取り除かれれば、腎機能は回復するという証拠も存在している。
吸引された直径 1-10 μm の不溶性ウラン粒子は肺に蓄積されやすく、肺に放射性障害や、長期間にわたる十分に高い被曝量があった場合には、肺癌まで引き起こすかもしれない。
劣化ウラン金属の皮膚をとおした直接接触が、それがもし数週間にわたったとしても、放射線誘発紅斑症(皮膚表面の炎症)や他の短期的な被害を生じさせることは、まず考えられない。組織に残されたままの破片を持つ復員兵の追跡調査では、尿中に検出可能レベルの劣化ウランを確認したものの、明白な健康障害は見られなかった。装甲車両に乗る軍人への放射線量がすべての自然な背景放射からの年平均外部被曝線量を超えることはありえないと言っていいだろう。
化学的毒性および放射線量についての手引き
このモノグラフは、さまざまなタイプの耐容摂取量(進んで受け容れることはできないが耐えることはできる摂取量)や、容易に感知できる程度に健康を損なうことなく一生を送ることのできる摂取濃度の見積もりを提供する。これらの耐容摂取量は長期被曝にも適用可能である。瞬間的および短期の高レベル被曝は悪影響を被ることなく耐容することができるかもしれないが、どれくらい長期の耐容摂取量が一時的に危険となるかを評価できるような量的情報は入手不能である。
一般公衆の可溶性ウラン化合物の摂取は一日につき体重 1 kg あたり 0.5 μg の耐容摂取量を超過すべきでない。不溶性ウラン化合物は腎臓に対する毒性が著しく少なく、耐容摂取量を一日につき体重 1 kg あたり 5 μg とするのが適当である。
公衆による可溶性または不溶性の劣化ウラン化合物の吸引は、吸入可能粒子において 1 μg/m3 を超過すべきでない。この限度は可溶性ウラン化合物による腎臓への毒性と不溶性ウラン化合物による放射線被曝量から演繹される。労働者の経口摂取による極端な劣化ウラン被曝は、労働衛生の手段がきちんと整っている仕事場では、まずありえない。
可溶性および不溶性ウラン化合物による職業被曝は、その 8 時間の重量平均が 0.05 mg/m3 を超過すべきでない。この限度もまた化学的影響および放射線被曝量の両方に基づいている。
放射線被曝量限度
放射線被曝量限度とは、全被曝量から自然な背景放射被曝量を減算したものである。職業被曝では、実効線量[1]が連続 5 年以上の計算で年平均 20 ミリシーベルト(mSv)、単年計算で 50 mSv を超過すべきでない。四肢(手足)または皮膚への等価線量[2]は年 500 mSv を超過すべきでない。
一般公衆の被曝では、実効線量が年 1 mSv を超過すべきでない;特別な状況においては、連続 5 年以上の計算で年平均 1 mSv を超過しない場合に限り、単年計算で 5 mSv までの実効線量が許される。皮膚への等価線量は、年 50 mSv を超過すべきでない。
摂取および治療の評価
一般住民の劣化ウラン被曝量が、正常な背景放射レベルを著しく超過することはまずありえない。例外的な被曝が起こったと信ずるに足る正当な理由がある場合に、これを確認する最もよい方法は尿中のウランを測定することである。
劣化ウランの摂取量は、尿中に日々排泄される量から測定することができる。劣化ウランレベルは高分解能質量分光(マススペクトル)技術を利用して測定される;このようにすれば、その状況における被曝量を mSv レベルで評価することは可能である。
糞便観察も、サンプルが被曝直後に採集されていれば、摂取量に関して有用な情報を提供するだろう。
胸郭の外部放射線観察は、専門設備が必要で、さらに線量を評価するためにはその検査が被曝直後になされる必要があるため、その適用は限られたものになるだろう。最適な条件下であっても、評価可能な最小線量は数十 mSv であろう。
高レベルで被曝した場合、被曝してから数時間以内に治療が行われなければ、全身の劣化ウラン含有量を明確に減少させる適切な治療法は存在しない。患者は観察される症状に基づいて治療されるべきだ。
結論:環境
劣化ウランについては、軍による使用だけが、環境レベルに重要な影響を与えうると言っていいだろう。劣化ウラン弾が使用された場所での劣化ウランの測定は、地表面の局地的な(着弾地点の半径数十メートル以内の)汚染しか示さない。しかしながら、いくつかの例では、食品や地下水の汚染のレベルが数年後に上昇する可能性があり、無視できぬ量の劣化ウランが食物連鎖に侵入する可能性があると考えるに足る理由がある場所について、観察と適切な調査がなされるべきである。飲料水の水質については、WHO のウラン濃度に関するガイドラインを劣化ウランにも適用して、一リットルあたり 2 μg とすべきだろう。
可能であるならば、かなりの数の放射性粒子残留物が存在したり、劣化ウラン汚染レベルが適格な専門家によって容認できないと考えられる紛争影響地帯においては、除染作業がなされるべきである。著しく高濃度の劣化ウランが存在する地域では、除染作業が完了するまで立ち入り禁止区域が設定される必要があるかもしれない。
劣化ウランは控えめにも放射性金属であるため、劣化ウランの廃棄には制限が必要である。劣化ウラン廃棄物が、再生製品に使われるために、他の屑金属に加えられている可能性もありうる。廃棄は放射性物質の使用に関する適切な勧告に従うべきである。
結論:被曝した人々
人間の可溶性劣化ウラン化合物摂取許容量は、一日につき体重 1 kg あたり 0.5 μg とすべきである。不溶性劣化ウランの許容量は化学作用と放射線量の両方によって決まり、それは放射線防護に関する国際基本安全基準(BSS: Basic Safety Standards)に従うべきである。劣化ウランに対する被曝は、このモノグラフで略述した可溶性および不溶性の劣化ウラン化合物の放射性および化学的毒性に対する防護のために推奨されるレベルまで規制されるべきである。
劣化ウランが使用された紛争地域の住民に起こりうる、劣化ウランに関係した健康に対する影響を調べるために集団検診や観察が必要であるとは考えられない。過度の劣化ウランを被曝したと信じる人々は、よく知る医者にその症状に対する適切な処置と追跡治療をしてもらうべきである。
小さな子供達は、紛争地域で遊んでいた時に深刻な劣化ウラン被曝を受けた可能性がある。なぜなら、子供達の手を口に運ぶ行動は、汚染された土壌から高レベルの劣化ウランを摂取するという結果に陥るからだ。この種の被曝は、しっかり監視され、必要な予防策が講じられなければいけない。
結論:調査
知識は明らかに不足しており、健康に対する危険をより正確に評価するためには、重要な地域のさらなる調査が望まれる。特に、劣化ウランに被曝した人々に見られる腎障害の範囲、回復の可否、および予測されうる放射線許容量についての理解を深めるために、さらなる研究が必要である。重要な情報が、生まれながらに高濃度ウランを含む飲料水に曝されてきた住民に関する研究から判明するかもしれない。
WHO, Geneva 2001 (WHO/SDE/PHE/01.1)
【訳注】
[1] 実効線量 -> http://www.jaeri.go.jp/dresa/dresa/explain/ap000590.htm
[2] 等価線量 -> http://www.jaeri.go.jp/dresa/dresa/explain/ap000580.htm
【訳者後記】
インターネットで劣化ウランに関する情報を検索する場合、バイアスのかかってないものを探し当てるのは非常に困難です。イラクで日本の反劣化ウラン運動家(?)が武装勢力に監禁された際に、マスコミやネットで劣化ウランが盛んに取り沙汰されましたが、結局劣化ウランってどうなのよ? という僕の疑問は解消できませんでした。
WHOの見解は、アメリカ政府や日本政府の公式見解、および左翼の方々の主張の両方に引用されているように思われます。まとまった日本語訳を見つけることができなかったので翻訳してみました。WHOの見解がまったく中立である、と断言することはもちろんできませんが、みなさまの判断の一助になれば幸いです。
主に翻訳した人間はどちらかと言うと右翼(?)に好意的です。できるだけ忠実に翻訳したつもりではありますが、微妙なニュアンスに訳者の肩入れが混入しているかもしれません。疑問な点は原典にあたることをお勧めします。
一部誤訳を山形浩生さんに指摘していただきました。感謝いたします。
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ただし、原典の著作権者が翻訳の扱いや翻訳者の著作権に制限を加えています。扱いには注意してください。原典のURLは明記されるべきです。営利使用や出版にはWHOの許可が必要です。
http://www.who.int/about/copyright/en/
http://www.who.int/about/licensing/translations/en/
WHOのライセンスの制約から、この日本語訳のクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの条件に「非営利」を加えておりますが、WHOが許可すればもちろんこの限りではありません。
この日本語訳は非公式なものです。WHOの見解を正確に伝えているという保証はありません。
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