概況報告書 第257号 ― 劣化ウラン
2003年 1月改訂
世界保健機構(WHO)
この文書は、世界保健機構(WHO)が2003年1月に発表した劣化ウランに関する概況報告書 "Depleted uranium" を日本語訳したものである。
翻訳は
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs257/en/
に基づいている。関連する文書は
http://www.who.int/ionizing_radiation/pub_meet/ir_pub/en/
にて入手できる。
英語対訳付きはこちらからどうぞ。
【TriNary :: Transcript 劣化ウラン概要報告シリーズ】
- IAEA(2003) 『劣化ウランFAQ集』
[ 和訳 ]
[ 対訳 ]
- UNEP(2003) 『劣化ウラン概況報告書』
[ 和訳 ]
[ 対訳 ]
- UNEP(2003) 『【劣化ウランに関する抜粋】
「イラクの環境:UNEP 進捗報告」より』
[ 和訳 ]
[ 対訳 ]
- UNEP(2003) 『【劣化ウランに関する抜粋】
「イラクの環境に関する机上調査」より』
[ 和訳 ]
[ 対訳 ]
- WHO(2003) 『概況報告書 第257号 - 劣化ウラン』
[ 和訳 ]
[ 対訳 ]
- WHO(2001) 『劣化ウラン:原因、被曝および健康への影響 ― 概要 ― 』
[ 和訳 ]
[ 対訳 ]
ウラン
- 金属ウラン(U)は銀白色で、光沢があり、高密度の弱放射性元素である。自然環境のいたるところに偏在し、岩石、土壌、大気、植物、動物、そしてすべての人間の体の中に、少量ではあるが様々な量で含まれている。
- 天然ウランは、3種類の放射性同位体が混ざって構成されており、それはその質量数により、238U (質量比 99.27%)、235U (質量比 0.72%)、および 234U (質量比 0.0054%) と同定される。
- 水、食品、および空気の正常な摂取により、平均で約 90 μg (マイクログラム:百万分の一グラム)のウランが人体に存在している。約 60% が骨格組織に、16% が肝組織に、8%が腎組織に、そして10% が他の組織に存在する。
- ウランは原子力発電所において主に使用されている。しかしながら、ほとんどの原子炉は 235U の含有量を 0.72% から約 1.5 ないし 3% にまで濃縮したウランを必要としている。
劣化ウラン
- この濃縮された一部を分別した後の残存ウランは、質量比にして約 99.8% の 238U、0.2% の 235U、および 0.001% の 234U から構成されている;これが劣化ウラン或いは DU と呼ばれている。
- DU と天然ウランの最も大きな違いは、前者が後者に比べて 235U を三分の一以下しか含まないということである。
- つまり DU は弱放射性であり、同じ質量で比較すると、精製天然ウランの約 60% の放射能を持っている。
- 天然ウランと DU は体内で同じような振舞い方をする。
- 原子炉の使用済みウラン燃料は天然ウラン濃縮工場で再処理されることもある。したがって、一部の原子炉産放射性同位元素はその再処理設備と DU を汚染する。これらの条件の下では、別のウラン同位体、236U が非常に少量の超ウラン元素類のプルトニウム、アメリシウム、ネプツニウム、および核分裂生成物テクネチウム-99を伴って DU 中に存在するだろう。しかしながら、DU が体内に摂取されたときにこれらの同位体が発する付加的な放射線量は 1% 以下である。
劣化ウランの利用
- 鉛の約二倍もある高い比重のために、DU の主な民間利用として、航空機の平衡おもりやバラスト、放射線療法用医療機器や放射性物質輸送用容器に使われる放射線防壁などが挙げられる。軍は防護装甲板に DU を使用している。
- DU は撤甲弾に使用されているが、それは DU が高い比重を持ち、また衝撃で温度が600℃を超えると発火するためである。
ウランまたは劣化ウランによる被曝
- ほとんどの環境では、その環境におけるウランの自然背景レベル全体に対して無視できる程度しか、DU の使用は影響しない。おそらく、DU 被曝は DU 兵器を使用した紛争によって引き起こされる可能性が最も高い。
- コソボ(ユーゴスラビア連邦共和国)において着弾地点周辺でなされた現地測量の値を提出した国連環境計画(UNEP)の最近の報告は、その環境における DU 汚染が着弾地点の周囲数十メートルに限定されているということを指摘した。現地の植物や上水道の DU 塵による汚染は極めて微かなものだった。したがって、現地住民に対して深刻な被曝が生じる確率は非常に低いと考えられた。
- 国連の専門家チームは、NATO が1995年に空爆したボスニアで14の爆撃現場を調査し、3ヶ所から DU の痕跡を検出したと2002年の11月に報告した。完全な報告書は2003年の3月に UNEP から出版される予定である[1]。
- DU 汚染事故の近くでは、DU の放射レベルがウランの背景放射レベルを超過することがある。このような事故の後では数日または数年間にわたって、汚染は通常、風雨によって広大な自然環境の中に消散する。汚染地域の住民や労働者は汚染塵を吸引したり、汚染された食品や飲料水を摂取するかもしれない。
- 航空機墜落現場付近では、平衡おもりが長時間激しい高温にさらされた場合、DU 塵に被曝するかもしれない。大量の DU 平衡おもりが燃焼するとは考えられず、緩慢な酸化が起こるだけであろうから、深刻な被曝は稀であろう。航空機事故後に浄化作業員や救急隊員が DU に被曝するのはありえることであるが、標準的な作業防護基準がいかなる深刻な被曝も防ぐだろう。
劣化ウランの摂取
- 成人によるウランの年平均摂取量はおおよそ、食品や水の経口摂取によるものが 0.5mg (500 μg)、呼吸気によるものが 0.6 μg と見積もられる。
- 幼児は遊んでいる間に、少量の DU に汚染された土を経口摂取することが起こりうる。
- 皮膚を通した DU の接触被曝量は通常、非常に微量であり、ささいなものである。
- 外傷汚染や皮膚組織中に残されたままの破片からの摂取によって、DU が体循環に侵入する可能性がある。
劣化ウランの吸収
- 経口摂取を経て体内に侵入したウランの約 98% は吸収されず、糞便として排出される。食品または水に含まれるウランの典型的な消化菅吸収率は、可溶性ウラン化合物で約 2% 、不溶性ウラン化合物で約 0.2% である。
- 血中に吸収されるウランの比率は、一般的に同じ化学形態においては経口摂取に由来するものよりも吸引に由来するものが多い。この比率はまた粒子サイズの配分にも依存している。一部の可溶性形態では、吸引物質の 20% 以上が血中に吸収されうるだろう。
- 血中に吸収されるウランのうち、約 70% が腎臓によって濾過され 24時間以内に尿として排泄される;この量は数日以内に 90% にまで上昇する。
劣化ウラン被曝に潜在的な健康への影響
- 腎臓では、近位尿細管(腎臓の主要濾過部)がウランの化学的毒性に潜在的な障害を受ける主要部位であると考えられている。腎臓の機能に対する影響の重症度や腎機能が正常に回復するまでにかかる時間がともにウラン被曝レベルに伴って増加すると指摘するような、人体研究からの情報は限られている。
- ウラン鉱山労働者に関する多くの研究において、肺癌のリスクが上昇することが論証されているが、これはラドン崩壊生成物に起因すると考えられている。肺組織の損傷は、放射線量の増加に伴って肺癌のリスクの上昇を誘発する可能性がある。しかしながら、DU は弱放射性にすぎないため、被曝集団においてその付加的な肺癌のリスクが検出されるには、非常に大量の(グラムオーダーの)粉塵が吸引されなければならないだろう。白血病を含む他の放射線誘発癌のリスクは肺ガンに比べ非常に低いと考えられている。
- 紅斑症(皮膚表面の炎症)や皮膚に対する他の影響は、たとえ DU が長期間(数週間)皮膚に固定されていたとしても、起こりそうもない。
- 骨格や肝臓に対するウランの有害な化学的影響を立証したり、意見の一致を得た報告は存在しない。
- 人体における生殖や発育に対する影響は報告されていない。
- 体内に残されたままの破片から溶解したウランは中枢神経系(CNS)組織に蓄積される恐れがあり、いくつかの動物実験や人体研究が CNS 機能に対する影響を示唆しているが、報告された少数の研究から確固たる結論を導き出すことは困難である。
最大放射線被曝量限度とそのウラン及び劣化ウランへの限定適用
1996年にすべての当該国連機関によって合意された、国際基本安全基準(BSS: Basic Safety Standards)は、自然背景放射レベルを超過する放射線被曝量限度を規定している。
- 一般公衆は年 1 ミリシーベルト(mSv)以上の放射線量を被曝すべきではない。特別な状況においては、連続 5 年以上の計算で年平均 1 mSv を超過しない場合に限り、単年計算で 5 mSv までの実効線量[2]が許される。皮膚への等価線量[3]は、年 50 mSv を超過すべきでない。
- 職業被曝では、実効線量が連続 5 年以上の計算で年平均 20 mSv、単年計算で 50 mSv を超過すべきでない。四肢(手足)または皮膚への等価線量は年 500 mSv を超過すべきでない。
- ウランまたは劣化ウランの摂取の場合、放射線量限度は不溶性劣化ウランの吸引にのみ適用される。すべての他の被曝経路や水溶性ウラン化合物については、化学的毒性が被曝に限界を設ける要因となる。
ウランの化学的毒性に基づく被曝についての手引き
WHOには化学物質の耐容摂取量や被曝限度の健康に基づく値を決定するためのガイドラインが用意されている。以下に提示される耐容摂取量は(労働者ではない)一般公衆の長期被曝に適用できる。一時的または短期の被曝では、より高い被曝レベルが有害な影響を受けることなく耐容されるであろう。
- 一般公衆の吸引や経口摂取による可溶性 DU 化合物の摂取は一日につき体重 1 kg あたり 0.5 μg の耐容摂取量に基づくべきである。これは一般成人で、吸引について 1 μg/m3 という空気中濃度を、経口摂取について約 11 mg/y という値を導く。
- 吸収率が非常に低い不溶性ウラン化合物は腎臓に対する毒性が著しく低く、経口摂取による耐容摂取量を一日につき体重 1 kg あたり 5 μg とするのが適当である。
- DU 被曝では頻繁に起こる問題であるが、ウラン化合物の溶解度特性が不明の場合には、経口摂取について一日につき体重 1 kg あたり 0.5 μg を適用するのが分別ある判断であろう。
被曝者の観察及び治療
- 一般住民については、民用であるか軍用であるかに関わらず、DU の利用がウランの自然背景放射レベルを著しく超過する DU 被曝を発生させることはまずありえないだろう。したがって、DU の個人被曝評価は通常必要とされないだろう。しかしながら、環境計測に基づく被曝評価は公衆の安心と公開資料のために必要とされるかもしれない。
- 自然背景放射レベルを著しく超過する DU 被曝を受けたのではないかと疑いを抱く人がいる場合にも、DU 被曝の評価が要求されるかもしれない。これには尿排泄物の日次分析を行なうのが最良である。尿分析はウランや DU に由来する腎障害の経過の見通しのために有用な情報を提供するだろう。尿中の DU の比率は高分解能質量分光(マススペクトル)技術によって得られる 235U/238U 比から測定される。
- 糞便測定も DU の摂取について有用な情報を提供するだろう。しかしながら、糞便排泄物の飲食物に由来する自然ウランは相当量あって(日平均 500 μg であるが、非常に変動する)、このことを考慮に入れる必要がある。
- 肺の中の DU の量を測定するために被爆線量計を用いた胸郭の外部放射線測定は専門設備を必要とする。この技術は肺の中にある約10ミリグラムの DU を測定可能であり、(可溶性化合物を除いて)被曝直後において有用であろう。
- ウランの胃腸管や肺からの吸収を減少させる明確な手段は存在しない。体内汚染が激しい場合、専門病院の治療では、ウランの排泄を促すために等浸透圧 1.4 % 重曹(炭酸水素ナトリウム)溶液の緩慢な経静脈的投与が行なわれる。しかしながら、人工透析以上に経静脈的治療を正当化するに足る値まで、体内の DU レベルが低下するとは期待されない。
勧告
- 紛争の後では、食品や飲料水の DU 汚染は汚染地域において、もしかしたら数年にもわたって検出可能レベルにあるかもしれない。無視できぬ量の DU が地下水や食物連鎖に侵入する可能性があると考えるに足る理由がある場所について、DU レベルの観察がなされるべきである。
- 適当であると判断されかつ可能であるならば、かなりの数の放射性粒子残留物が存在したり、適格な専門家によって汚染レベルが容認できないと考えられる影響地帯においては、除染作業がなされるべきである。高濃度の DU 塵や金属片が存在するならば、除染作業が完了できるまで立ち入り禁止区域が設定される必要があるかもしれない。このような影響地区は様々な危険物質、特に不発弾をはらんでいることがある。十分な配慮検討が全ての危険、および視野に入れた DU 由来の潜在的な危険になされる必要がある。
- 幼児は DU の影響地区およびその付近で遊んでいるときに、より深刻な被曝にさらされる可能性があるだろう。幼児に典型的な手を口に運ぶ行動は、汚染された土壌から高レベルの DU を摂取するという結果に陥る可能性がある。必要な予防策が講じられるべきである。
- DU の処理は適切な国定の或いは国際的な勧告に従うべきである。
関連リンク
- Depleted Uranium
Provides a summary of the scientific literature on uranium and depleted uranium.
- WHO guidance on exposure to depleted uranium [pdf 394kb]
Provides information on medical treatment from excessive DU exposure and advice for programme administrators sending personnel to DU contaminated areas.
- Uranium
【訳注】
[1]
Depleted Uranium in
Bosnia and Herzegovina
Post-Conflict
Environmental
Assessment
http://postconflict.unep.ch/actbihdu.htm
http://postconflict.unep.ch/publications/BiH_DU_report.pdf
[2]
実効線量 -> http://www.jaeri.go.jp/dresa/dresa/explain/ap000590.htm
[3]
等価線量 -> http://www.jaeri.go.jp/dresa/dresa/explain/ap000580.htm
【訳者後記】
インターネットで劣化ウランに関する情報を検索する場合、バイアスのかかってないものを探し当てるのは非常に困難です。イラクで日本の反劣化ウラン運動家(?)が武装勢力に監禁された際に、マスコミやネットで劣化ウランが盛んに取り沙汰されましたが、結局劣化ウランってどうなのよ? という僕の疑問は解消できませんでした。
WHOの見解は、アメリカ政府や日本政府の公式見解、および左翼の方々の主張の両方に引用されているように思われます。まとまった日本語訳を見つけることができなかったので翻訳してみました。WHOの見解がまったく中立である、と断言することはもちろんできませんが、みなさまの判断の一助になれば幸いです。
翻訳した人間はどちらかと言うと右翼(?)に好意的です。できるだけ忠実に翻訳したつもりではありますが、微妙なニュアンスに訳者の肩入れが混入しているかもしれません。疑問な点は原典にあたることをお勧めします。
知識は明らかに不足している、という結論で締めくくられた2001年の報告。その2年後のこの文書。報道されているような、紛争地域における健康障害と劣化ウランの因果関係は今回も立証されなかったようである。むしろニュアンス的には否定的な言葉がより強調された印象がある。特に報道の目玉となっている白血病を劣化ウランと結び付けるには、そのメカニズムの説明が不可能である現状に、研究者はいろんな意味で苛立ちを感じているのかもしれない。ここで一言彼らを弁護させてもらえば、説明できないことにはわからないとはっきり言うのが科学者にとって美徳なのである。いずれにしても、研究者の方々にはこれからも期待するところである。
公開:2004/12/23
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WHOのライセンスの制約から、この日本語訳のクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの条件に「非営利」を加えておりますが、WHOが許可すればもちろんこの限りではありません。
この日本語訳は非公式なものです。WHOの見解を正確に伝えているという保証はありません。